(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝乱暴と待機〟劇団、本谷有希子第9回公演

芝居の判り易い、判り難いの境界線は、わたしの場合、観終えた後に舞台を反芻して、そのテーマがどれだけ目の前に浮かんでくるかという点にある。しかし、その物差しだと、判り難かったと思える芝居は結構多い。劇団、本谷有希子の『乱暴と待機』も、やはりそんな感じ。劇団としては1年半ぶりの新作、それもこれまででもっとも暗い芝居、と主宰の本谷が語る今回の作品は、物語を振り返ってみると、どこか漠とした思いが心に残る。
冒頭に、4人の男女の激しいやりとりのあるシーンがあって、これから始まるのはそこへと至る物語であることが暗示される。一組の男女が、同じ屋根の下に暮らしている。女(馬渕英里何)は男(市川訓睦)を〝お兄ちゃん〟と呼ぶが、彼らに血縁関係はない。ふたりは幼馴染であり、12年前のある悲劇的な事故が、現在のふたりを結びつけている。ふたりの間におそらくセックスの関係はない。過去の悲劇が人生を狂わせたと思う男は、その責任がある女に対し、もっとも残酷な復讐の手段を考え続けている。一方、女はそれをひたすら待ち、耐え忍んでいる。
男の仕事は、死刑執行のスイッチ係のような怪しげなもので、女は家でコントの台本を書いている。そんな奇妙な同棲生活に、ちょっとした波風が立ったのは、男の同僚(多門優)が彼らの関係に興味を持ち、恋人(吉本奈穂子)を利用して、ちょっかいを出してきたからだ。女同士は、偶然にも高校時代の同級生で、馬渕演じる女はクラスで苛められのキャラクターだった。4人の男女の関係は、やがてそれぞれの思惑と困惑が絡み合いながら暴走を始め、ついには12年前の悲劇の意外な真相へと到達する。
なるほど、作・演出の本谷有希子のいう〝馬渕英里何ユニクロのジャージを着せたかった〟というコメントが、ある意味この芝居のすべてかもしれない。芝居に熱中すればするほど、観客は繰り返し馬渕英里何のジャージ姿を意識させられることになる。こじつければ、男女の不思議なありようであるとか、恨む側と恨まれる側の結びつき、といったテーマは捻出されるのであるが、ジャージ姿をもって表現されるなんとも存在感のあるヒロイン像の前には、さほど説得力を持たない。
とはいえ、役者たちは本谷の野心的な演出意図を解してか、闊達な芝居ぶりで物語をテンポよく進めていく。男優たちの達者さも目立つが、個人的にはヒロインと好対照な存在として演じられる吉本奈穂子の微妙な女心を大胆に演じる姿に心を揺さぶられた。堂々たる立ち姿もほれぼれする。
ただし、その後の主人公たちを暗示するエンディングは、物語の絶望的な側面を大いに救っているが、ややとってつけた感がなきにしもあらず。屈折と妄想がエスカレートしていくような、突き抜けた幕切れがあっても良かったかもしれない。
■データ
マチネ/新宿シアターモリエール