(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「義弟の井戸」黒色綺譚カナリア派第十回公演

ついつい江戸川乱歩の時代と言いたくなるような、昭和一桁テイストがすっかり板についたカナリア派。テント芝居の血を強く感じさせる舞台づくりが持ち味だが、そこにニュー・アングラとでも呼ぶべき個性を築きつつある彼らの新作である。

神経質で病弱な兄の前に、妹が連れてきた恋人は、かつて自分をいじめた傲慢な男だった。憎しみのあまり妹を家に閉じ込めた兄のもとへ、許しを乞う男の、お百度参りのような訪問が始まる。美しい母親は微笑を浮かべ、我、関せずとカステラを食べた・・・。(公演公式サイトより)

ハイソな山の手(貴族階級)と猥雑な下町(材木屋)というふたつの世界を対峙するように配置し、下町のロミオ純吉(犬養淳二)が山の手のジュリエット郁美(山下恵)にプロポーズを捧げるという物語の基本的な構図は、階級の壁がふたりの恋を妨げるという展開も含めて、割と平凡。しかし、そこから枝分かれするかのように、それぞれの家の内情を下世話に覗き見させる面白さに、彼らの本領が発揮されている。
学校時代の苛めを根にもつ郁美の兄芳(大沢健)の粘着質ないやがらせにより神経症へと追い込まれていく純吉が、近所の少女紗乃美(わたしが観た回は牛水里美)と出会うあたりから、舞台上の緊張感は俄に高まる。ここからクライマックスにかけて、材木屋の庭の隅っこにある井戸をめぐる展開は、歌舞伎の世界にもリンクする彼らの独壇場で、見応えがある。最後に決めるギミックも、実に鮮やかだ。
ただし、役者がカラフルな頭巾を被って黒子等の役へ自在にスライド(?)するという演出は、ちょっと消化不良かなと思った。加えて、大きな劇場を使うことへの不安もあるのだろうが、多くの客演を招いていることも、かえって散漫になる愚をおかしているのではないか。せっかくの個性派たちが手持ちにあるのだから、主宰はそれを活かす勇気を持ってもいいと思うのだが。(120分)

■データ
結構空席の目立った初日ソワレ/三軒茶屋シアタートラム
4・10〜4・15
作・演出/赤澤ムック
出演/大沢健、犬飼淳治、山下恵、中里順子、升ノゾミ・牛水里美(Wキャスト)、芝原弘、眞藤ヒロシ、柿丸美智恵(毛皮族)、數間優一、伊藤新、沖田乱、馬場巧、屋根真樹、 中村真季子、大島朋恵、片桐はづき、筒井真理子