(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「幸せ最高ありがとうマジで!」PARCO presents

パルコカードの申し込みを却下されたことがある、と自ら告白する仮ちらしが笑えた本谷有希子のパルコ劇場初進出作。クレジットカードの審査は、カタギじゃない人間に冷たいからなぁ。時の人本谷有希子が、劇団名義ではないけど、女優業においてただいま上り坂の永作博美を主役に据えた新作公演。
一家総出でやっている新聞販売店。子持ちの曽根(梶原善)が、やはりコブつきの美十里(広岡百合子)と再婚したのは一年前のことだった。曽根の長男でちょっとひ弱な功一(近藤公園)、美十里の長女でダンサー志願の沙登子(前田亜季)、ほかに住み込みで働いているえいみ(吉本菜穂子)がいる。ある日のこと、曽根は集金に出かけ、ほかの四人は朝刊配達の後始末をしていたところに、ふらりとひとりの美女(永作博美)があらわれ、こうのたまった。わたし、おたくのご主人の愛人なんだけど。
明里と名乗った彼女は、もう7年間も曽根とつき合っていると言って、妻の美十里に絡み始める。しかし、どんな挑発も受け流す一方の美十里に、明里はイライラを募らせていく。帰宅した曽根も、嘘か本当か、彼女のことをまったく知らないという。作戦を変更し、今度はえいみの部屋に上がりこんだ明里は、彼女の手首に無数のリストカットの傷跡を見つけ、曽根からレイプを受け、鬱々とした日々を送っているという告白を引き出す。そんなえいみを煽って、曽根とその一家に贖いを迫らせる明里だったが。
明里が曽根の愛人というのは狂言、実は愛人は住み込みのえいみだった、それを疑う妻はえいみの部屋に盗聴器を仕掛けていた、とまぁ、「実は…」で畳み掛けてくる急展開に息をつく間もないが、その華奢な体に、マイナスのエネルギーを充満させたヒロインを、永作が惚れ惚れするほど(?)ヒステリックに演じてみせる。
ややもするとエキセントリックなばかりで、その言わんとするところがまったく掴めず、首をひねるケースがままある本谷有希子の作品だが、女子の妄想をテーマにその暴走を描かせると、この人はとてつもないエネルギーを爆発させてくれる。そのもっとも成功した例が、ナイロンから松永玲子を招いた「遭難、」だったと思うが、ヒロインの肖像が鮮明という点で、本作の永作博美にも見劣りはない。
「わたしは明るく前向きな人格障害なの」と豪語して憚らない主人公の過剰な自意識が、精神医学的とも思える現代の病巣に接近するあたりの危うさもスリリング。背景におかれた閉塞状態にある家族関係にも、同様な今日的リアリティがあった。どちらに転ぶかわからない本谷の尋常でない持ち味が、今回は吉と出たと思う。(120分)※東京公演は終了。11月19日に倉敷、その後大阪公演を予定

■データ
実はわたしリボンのアルバム全部もってますの初日ソワレ/渋谷PARCO劇場
10・21〜11・9
作・演出/本谷有希子
出演/永作博美近藤公園前田亜季、吉本菜穂子、広岡由里子梶原善