(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「表と裏と、その向こう」イキウメ

前々回公演(2007年9月・青山円形劇場)の再演でも、やはり素晴らしい舞台を見せてくれたイキウメの「散歩する侵略者」だけれど、この里程標的ともいうべき作品は、前川知大にとって功罪相半ばするものになりつつあるのではないか。というのも、ここ1年だけでも、自分のとこの新作「眠りのともだち」、よそへ提供した「抜け穴の会議室」、「ウラノス」と、怒涛のような新作を見せられながら、わたしの中では「散歩する侵略者」というとび抜けたマスターピースがチラつき、つねにどこか喰い足りない印象が残ってしまう。ファンとはなんとも厄介なものである。
さて、そう遠くない未来の話。ユビキタス特区(情報化のモデル都市)の指定を受け、IDカードによって徹底した住民の管理が進められる町が舞台である。主人公の山根(浜田信也)は、ある晩、自宅マンションの屋上にふらりと上がるが、そこでボクサー修行中の女子大生真理(内田慈)と遭遇する。護身用に携行していた出刃包丁を誤解された主人公は、一方的に戦いを挑まれ、彼女からボコボコにされてしまう。
その後、山根は真理と再会し、彼女が短い余命をせいいっぱい生きていることを知り、惹かれる。一方、ジャーナリストの友人桜井(盛隆二)からある噂を耳にした山根は、妙なことが行われているというコンビニに足を運んでみる。そこでは、秘密裡に時間が取引されていおり、金に困った人間たちが自分の余命した基本的なアイデアの力もあるし、イキウメとしては直球ストレートで勝負に出ていて、それに相応しい見応えと楽しさを備えている。そを売却するために訪れていた。
この町で管理されている住民情報には、人の寿命も含まれていて、密かにその余命の搾取が行われているというこの作品のアイデアは、SFでもあり、ホラーでもあり、いかにも前川知大らしいセンス・オブ・ワンダーなお話だ。時間は操作可能というSF的なガジェットに、ボーイ・ミーツ・ガールという男女のドラマを絡めている構造は、「散歩する侵略者」と通じるといえるかもしれない。
作者はもっとも書きたかったテーマと語り、劇評も概ね好評。時間をテーマにれを認めたうえでの話なのだが、正直に言えば個人的には今回もやはり不完全燃焼と言わざるをえない。
最大の不満は、時間搾取の着想がアイデアだけで終っていることで、社会派ミステリとしてのサスペンスとしてはそれなりの緊張感があるが、前田の本領だとわたしが思っている、その仕掛けの裏側に覗く底知れなさがちっとも感じられない。さらに、時間搾取と主人公らの物語が、テーマを介して繋がりながらも、シンクロしきれないもどかしさもある。
単体として観れば、面白い脚本だし、溌剌とした女優陣(とくに、今回は西牟田恵がいい)のがんばりや、コンビニオーナー(安井順平)と桜井の絶妙なやりとり(これは互いの呼吸が絶品)にも味がある。さらには、今回もイキウメらしいスタイリッシュな照明や舞台装置も申し分ない。それでいて、まだ不満があるとは、ファン気質とはなんとも贅沢で業の深いものだよなぁ。(140分)

■データ
2時間超の長さが意外と気にならなかった初日ソワレ/新宿紀伊國屋ホール
7・2〜7・6(東京公演)
作・演出/前川知大
出演/浜田信也、盛隆二、岩本幸子、森下創、緒方健児、西牟田恵、内田慈、安井順平