(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「杭抗(コックリ)」乞局第14回公演

そのネーミングの由来さえ、すでに人々の関心から遠のいてしまった平和島(東京都大田区)をめぐる年代記。考えてみると、平和の島という名前はすごい。太平洋戦争を挟んで埋め立てが行われた人工の島で、戦時中は連合国側の捕虜収容所があったり、ひところは東条英機らの戦犯の一時収容所でもあったという。
おおよそ過去、現在、未来の三つのパートからなっている。過去にあたる平和島創成期は、埋め立て後間もない戦犯の収容所だった時代で、第3級戦犯の男(三橋良平)と、彼に面会を求めるその妻(玄覺悠子)の物語。しかし、男は戦地の南の島で新しい家族をつくり、妻には自分を忘れてほしいと願うばかり。一方、妻は夫に執着し、看守に身をまかせてまで、彼に会おうとする。
その後時間は流れ、収容所であった痕跡は庭にある記念碑だけという平和島安定期。再開発が進み、かつての施設は放置自転車の保管場所になっている。近所のわるガキたち(西尾佳織、野津あおい、村岡正喜)の格好の遊び場になっていて、職員たち(大塚秀記、佐野陽一)とは鼬ごっこを繰り返している。やがて、その摩擦がエスカレートしていって。
さらに時間は流れて、近未来とおぼしき平和島晩期。荒廃した施設の不法占拠だろう、怪しい医者(池田ヒロユキ)が看護婦(墨井鯨子)とともに人工授精のいかがわしい商売をやっている。そこに通ってくる主婦ら(岩本えり、木引優子)と精子提供のバイト君たち。しかし、もともと自転車操業の商売には、たちまちのうちに暗雲がたれこめてくる。
個人的には、作・演出の下西啓正の妄想イコール乞局の芝居と考える。当日パンフに寄せられているように、放置自転車を撤去されてしまった怨念など、下西啓成という歪んだ(敢えて言う)フィルターを当して、再投影した平和島のイメージを浮かびあがらせるのが、本作の目的だろう。
しかし残念ながら、今回イメージの結晶度はイマイチ中途半端だったような気がする。3つのパートが、何度かローテーションで演じられていくのだが、ひとつひとつのエピソードがブツ切りなのと、トータルでも(単純に割ると30分強)短いので、登場人物の奇行を陳列しただけで終わってしまっている。ひとつひとつの物語の焦点がやや曖昧なのも、マイナスだと思った。平和島という地点に流れる気の遠くなるような時間の中から、そこに生まれ、根を下ろす何か得体の知れない魔のようなものが見えてくることを期待したのだが。
そんな不満がわだかまる一方で、それなりにナスティなお話を面白く眺めてしまうのも事実。役者では、岩本えりが生粋の乞局とはまた別のカラーで物語に彩りを添えている。この人が正式に加わって、乞局の俳優陣は、頭数だけでなく厚みがぐっと増したと思う。
なお、この公演日程の前半(6月4〜8日)には、今年2月に名古屋の「劇王V」(劇作家協会東海支部主催)に参加した短編「グレムリンの行程」を上演というオマケ付き。(ちなみに、公演後半はアフタートークが付いた)労働現場で、三人の男女がくじ引きにより決められていく中立、加害者、被害者という役割を演じていくという内容。物語性はなく、シチュエーションだけの小品だが、どの役にまわっても溌剌と動き回る岩本えりがここでも光っていた。(杭抗:100分+休憩10分+グレムリンの行程:20分)
■データ
岩本えりをはじめ、充実の女優陣の頑張りに女優上位を感じた初日ソワレ/こまばアゴラ劇場
6・4〜6・15
作・演出/下西啓正
出演/岩本えり、下西啓正、西尾佳織、三橋良平、池田ヒロユキ(リュカ.)、大塚秀記、數間優一(スロウライダー)、佐野陽一(サスペンデッズ)、村岡正喜(Not in service)、木引優子(青年団)、玄覺悠子、墨井鯨子、野津あおい(松村翔子は降板)