(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「HIDE AND SEEK」パラドックス定数第15項

きっちりとした社会派の目線と、充実の男優陣を誇るパラドックス定数。今回はパスのつもりが、戦前の探偵小説界に材をとった内容と聞けば、どうにも気になってしまい、阿佐ヶ谷へと足が向くことに。
時は、昭和のはじめ。夜更け、机へと向かう作家のもとを、ひとりの男が訪ねてくる。彼は、匿ってほしいと作家に頼みこんで、勝手知ったる他人の家とばかりにさっさと出してきた蒲団の中にもぐりこんでしまう。そこに、ひとりの編集者が訪ねてくる。
その家の主である作家は夢野久作、編集者は横溝正史、そして蒲団の中は江戸川乱歩だった。乱歩は多数ある連載にお手上げ状態で、雑誌「新青年」の編集者横溝は、久作を慮る気持ちもあって、そんな乱歩を連れ帰ろうとする。久作は、たまたま訪ねてきた横溝に、長篇の書き下ろしをするため、しばらくは寄稿できないと不義理を詫びる。そこに、妙に調子のいいもうひとりの編集者が登場。口から生まれたような饒舌で乱歩をこきおろし、横溝をコケにする彼の正体は一体?
多少フィクションも入っているとは思うが、売れっ子だった乱歩、まだ編集者をやっていた正史、「壜詰の地獄」や「押絵の奇蹟」で文壇に独自の地位を築きつつあった久作。それぞれの探偵小説作家たちの当時の姿に、違和感は感じられない。そんな巨匠たちの青春時代を描くという、ノスタルジーというか、若き日を回顧するする甘酸っぱさも伝わってくるが、メインテーマは現実と虚構が渾然一体となっていく展開にある。
やがて三人の前には、明智小五郎金田一耕助、呉一郎というそれぞれにとって切っても切れない縁ある重要な登場人物たちが登場し、主従の関係を逆転させたり、遠い未来を予見したり、フィクションの迷宮に作者を引きずり込もうとしたり、てんやわんやの事態にエスカレートしていく。展開は、ときに時空を超えるなど破天荒だが、一見、登場人物たちは生みの親を翻弄しているかのように見えながら、その実、作者自身をうつす鏡のようなものになっているあたりは、脚本として実に上手いものだと感心させられる。
例によって、役者たちは達者だが、とりわけ編集者であり謎の人物でもある小野ゆたかの怪演が印象的。最後の最後に種明かしされる、彼が演じる人物の正体は、残念ながら途中で薄々分かってしまったけども。(120分)

■データ
終演後に迷わず脚本を購入した(ちょっとお値段ははったが)楽日のソワレ/ザムザ阿佐谷
4・24〜4・27
作・演出/野木萌葱
出演/植村宏司、十枝大介、西原誠吾、井内勇希、今里真、酒巻誉洋(elePAHNTOMoon)、小野ゆたか