(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「Get Back!」グリング第15回公演

幕開きのときに少しだけかかる曲で、ああやっぱり出典はビートルズだったか、と思ったグリングの新作。ポール・マッカートニーが作った曲のタイトルに「!」はないけど、確か、原点に帰れ、というようなことを歌った曲の筈で、さてそうは言うものの果たして過去に帰ることなんかできるのかな、というあたりに興味がつのるわけだが。
息子の健康のために田舎に越してきて、ついでに民宿の経営を始めた夫婦。常連客で混みあう紅葉の季節を外し、3人の客がやってきた。彼らは、夫の大学時代の友人たちだった。マンガ研究会に席をおいていた2人の女性が、卒業後は原作と作画のチームを組んで売れっ子になっていた。今日は、アシスタントの男を連れ、久方ぶりに羽根を伸ばしにやってきたのだ。
しかし、宿の夫婦は、やがてふたりの間の微妙な不協和音に気づく。案の定、20年来のチームは危機を迎えていた。互いに相手が悪いと考えているふたりの間に入り、あたふたと師匠たちの仲をとりもとうとするアシスタント。しかし、彼のがんばりもやがて限界に達してしまって。
冒頭の緊迫した短いシーンがあって、そこから物語は時間を遡り、その場面へと至った経緯を再現していくという形式。例によって、穏やかな人情喜劇の中に、さりげなく毒を含ませる青木豪のドラマ作りが絶妙で、人間関係にも賞味期限があるのでは、という辛口のメッセージを、しかし暖かいドラマに包んで俎上にのせている。
ただ、登場人物のひとりがストレスから内部崩壊していく過程は、残念ながらわたしにはビビッドには伝わってこなかった。はちみつレモンをやたら飲んだり、時に見せる挙動不審なふるまいも、正直ちょっと変な人にしか映らなかったし。
それにしても、今更ではないが、登場した途端に舞台上を制圧するような片桐はいりの存在感は、やはり凄い。先のダンダンブエノの「砂利」でも感じたことだが、彼女が登場した途端、舞台上の空気の密度が高まるのが伝わってくる。
片桐の相方役の萩原利映も、コンビ間のやりとりでは負けずに善戦していると思う。都会からやってきた3人と好対照で落ち着いた佇まいをみせる夫婦役の杉山もいい味で、レギュラー客演の高橋といい夫婦役を演じている。黒川薫の癖のある役柄や、グリング初舞台の遠藤、そして新感線でおなじみの村木も堂々のいい味をだしている。
原点回帰をめぐるテーマは、最後の最後までこのドラマの中心にあって、観客の関心をひきつける。幕切れの余韻は苦いものだが、それをネガティブに感じさせない演出は、やはり素晴らしいと思う。(110分)※12月9日まで。

■データ
下北沢にも冬がやってきたなぁとしみじみ思う平日マチネ/下北沢ザ・スズナリ
11・28〜12・9
作・演出/青木豪
出演/片桐はいり、萩原利映、杉山文雄、中野英樹、高橋理恵子(演劇集団 円)、黒川薫、遠藤留奈、村木仁
照明/清水利恭 美術/田中敏恵 舞台監督/筒井昭善 効果/青木タクヘイ  効果オペレーター/吉岡栄利子 演出助手/田村友佳