(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「犬目線/握り締めて」tsumazuki no ishi

故松本きょうじが率いたランプティパンプティの血をひくとのことだが、初めてこの劇団を観た前作「無防備なスキン」は、その出自から想像できないほどに重苦しい内容だった。しかし、tsumazuki no ishiの作り出す舞台には、目をそらそうとしてもそらせないような何かがあって、今回もヘビィを承知でついつい足を運ぶことに。
耐用年数をとっくに経過していそうな公営住宅の1階エレベーターホール。上手側にはガラス張りの管理人室、下手には玄関、その間には屋外階段、エレベーター、集合ポストが並んでいる。住民たちのほかにも、郵便配達やチラシ投函のアルバイト、見回りの警察官など、人の出入りは少なくない。管理人とともに、団地の自警団のふたりは、いつも不審な人物には目を光らせていた。
そんなふたりの目にとまったひとりの男。彼は、シュウという子どもを心配してやってきたのだという。シュウの母親小手鞠は、つい最近離婚し、この住宅の1階に住み始めた。ひとり娘のシュウは、活発で男の子と間違えられることもあった。やがて、男のことは巡回で通りがかった警察官の知るところとなり、騒ぎが大きくなる。男は実は小児性愛者で、釈放されて間もない身の上だったのだ。
歪んだ愛とそれを見つめる世間のさらに歪んだ目線の物語とでも言ったらいいだろうか。アブノーマルな性愛に捕らわれた男の悲劇のドラマなのだが、その問題の男を取り囲む登場人物たちがとにかく凄絶。アルコール中毒の夫と神経衰弱の妻。妄想癖のある医者に、働かない父親。母親の介護をしない息子もいれば、コスプレに夢中になっている管理人もいる。まさに、歪んだ人格のショーケースみたいなもの。
一方、当の本人は、一見爽やかな印象で、人当たりも常識的で柔らかい。彼の性的な嗜好さえ知らなければ、所謂いい人として世間から信頼を集めるタイプなのだ。その落差の激しさは、周囲の人々に恐れを抱かせ、本人の心の中に地獄を作り出していく。そのあたりに目を逸らさず、冷たい空気をきっちりと描くあたり、恐るべき作、演出である。
しかし、人の負の側面を描く徹底ぶりは、ややもすると観客にもダメージを与える。つぎつぎに本性を現していく登場人物たちを見て、もしや自分にもそんな性癖が…、と思ったらもうおしまい。彼らとともに、そのずしんとした世界に沈みこんでいくしかない、そんな怖さをもった舞台でもある。
前作同様に、場面によっては役者たちの会話が聴き取りにくく、薄暗い場面では彼らの動きや表情も観にくい。しかし、それは、われわれに耳を澄まさせ、目を見張らせる演出者の企みではないかという気がしてしょうがない。それほどまでに、この作品の観客に訴えかける力は強いのである。(150分)※23日まで。

■データ
大入り通路席までいっぱいのマチネ/下北沢ザ・スズナリ
7・19〜7・23
作/スエヒロケイスケ 演出/寺十吾 
出演/原千晶(ワタナベエンターテインメント)、寺十吾、釈八子、宇鉄菊三、猫田直、日暮玩具、杏屋心檬、松原正隆、太田晶子、鈴木雄一郎、岡野正一、松嶋亮太、中野麻衣、蒲公仁(個人企画集団*ガマ発動期)、中村靖日
照明/Jimmy((株)フリーウェイ) 音響/岩野直人(ステージオフィス) 舞台監督/田中翼 舞台美術/小林奈月 宣伝美術/立花文穂 宣伝写真/久家靖秀