(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「『放埒の人』はなぜ『花嫁の指輪』に改題されたか あるいはなぜ私は引っ越しのさい沢野ひとしの本を見失ったか」燐光群

おそらくは、これまでの酒呑み人生でその暖簾をくぐったこと100回は下らない筈の新宿三丁目にある呑み屋「池林房」。SPACE雑遊をオープンしたのが、池林房のオーナーにして、新宿で伝説の人物太田篤哉氏だというのは、知らなかった。ここでは、去年「蝶のやうな私の郷愁」(燐光群グッドフェローズ)や「キケンなニオイはしてたよね」(マナマナ)という良質な芝居に出会ったことから、わたしの中での好感度高し。
今回、イラストレーターでエッセイや小説の仕事もしている沢野ひとしを取り上げたのは、オーナーの太田篤哉繋がりだろう。エッセイにしろ、創作にしろ、いつもどこか自伝めいている沢野作品を、主人公沢野ひとしの少年時代から現代までを半生記として描く、いわば大河ドラマ仕様の舞台だ。
田舎町の多感な少年時代を過ごした主人公が、やがて出版社につとめながらイラストの仕事で成功していくというのが表のドラマだが、奥さんとふたりの子どもという恵まれた家庭を築きながら、入れ替わり立ち代わり登場する魅力的な女性たちが登場することからも判るように、モテ男の肖像という大きなテーマがある。
女性との関係でだらしのなさを曝け出すだけでなく、それを延々と繰り返す生き方をどう捉えるかで、沢野ひとしの作品の受け止め方は大きく違ってくるに違いない。しかし、そんな人間のサガを中和する、どこか憎めない沢野ひとしという人物の愛すべき人間像が、この舞台でもきちんと再現されている。
沢野作品から切り取ったような台詞を、パッチワークのように繋いでいく手法で、とにかくそのリズムが小気味良い。一人の役者が複数の役を演じるだけでなく、一人の役柄を複数の役者たちが演じていき、舞台への出たり入ったりがテンポよく、物語もサクサクと進んでいく心地よさがある。
ただ、2時間を越えたあたりでさすがに長すぎるかなという気がしてきたが、最後まで飽かせないのはさすが。台詞を噛んだり、段取りがずれたりする場面が散見されたのは、初日ゆえのことだろう。台詞や出入りなど、手数足数の多い芝居だから、仕方がないところか。(160分)※6月16日まで

■データ
初日ソワレ/新宿三丁目SPACE雑遊
5・20〜6・17(その後、仙台、盛岡、名古屋、大阪公演の予定)
作・演出/坂手洋二 原作/沢野ひとし
出演/中山マリ、鴨川てんし、川中健次郎、猪熊恒和、大西孝洋、江口敦子、樋尾麻衣子、内海常葉、宮島千栄、久保島隆、杉山英之、小金井篤、桐畑理佳、阿諏訪麻子、安仁屋美峰、高地寛、伊勢谷能宣、嚴樫佑介
美術・衣裳/伊藤雅子 照明/竹林功(龍前正夫舞台照明研究所) 音響/じょん万次郎・内海常葉 舞台監督/高橋淳一 演出助手/清水弥生・秋葉ヨリエ・坂田恵 音響協力/島猛(ステージオフィス)