(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝耽餌(たぬび)〟キラリ☆ふじみで創る芝居

埼玉県富士見市のキラリ☆ふじみホールへは、池袋から東武東上線とバスを使って1時間ほど。ちょっとした小旅行の気分を味わって到着したのは、以前は野原か畑だったのではと思える広大な土地に、市役所と並んでゆったりと佇むホール。なるほど、乞局の下西さんって、このあたりの出身なのね。今回の上演は、平田オリザがプロデュースする〝キラリ☆ふじみで創る芝居〟の一環で、乞局が2年前に王子小劇場で上演した〝耽餌〟を、劇団から離れた新たなキャスティングで再演するというもの。
赤錆の浮いた鉄骨で作られた階段と渡り廊下が中央に渡されたセット。どこかの町の路地奥にあるに違いないうらぶれた風景。下手には汚い二階建てのアパート、その向こうには蕎麦屋の勝手口がある。アパートには、離婚しながら関係を続けるタクシー運転手の夫婦や、教え子にナイフで刺された女教師、どこか信用ならない蕎麦屋の店員たちが暮らしている。
そこに、奇妙な男女が引っ越してくる。女(堤宏子)は出所したばかりの殺人犯で、彼女の付き添っている男(増田理)は、本人の再犯と被害者による逆恨みを防ぐために法律で定められた付き人で、実は彼はゲイだという。社会の目を逃れてひっそりと更正の日々を送ろうとする彼女たちだったが、やがて被害者の家族が現れ、陰湿ないやがらせをはじめる。
負の人間模様を微に入り細に入り執拗に描いていき、その緊張感を飽和点に向けて静かに蓄積していく。そして、最後に訪れるカタストロフの不快なテイスト。出演者の顔ぶれこそいつもと違うが、これぞ紛うことない乞局の舞台である。
意図的な演出だと思うが、前半における登場人物たちのやりとりは、非常に判りづらい。シチュエーションが掴めないし、そもそも会話そのものが聞き取り辛い。しかし、それが観客の集中力を喚起する役割を果たしていて、知らぬ間に忌まわしき下西ワールトへと引きずりこまれていく。
それにしても、アパートの横にいわくありげに置かれた道祖神のオブジェ(鳴き岩)が不気味だ。スーパーナチュラルな存在として描かれているわけではないが、登場人物たちの罰当たりな生き方を静かに見守っているかのようで、なんとも不吉な光景だ。悲劇のヒロインは悲惨だが、彼女を取り巻く環境そのものにそこはかとない悪意までが克明に描かれるバッドテイストに、今回もノックアウトされた。(105分)

■データ
マチネ/富士見市市民文化会館キラリ☆ふじみマルチホール
2・9〜2・12
・キラリ☆ふじみ演劇祭参加作品
作・演出/下西啓正(劇団乞局
出演/青木宏幸、岩本えり、柏木俊彦、境宏子(リュカ.)、佐野陽一、鈴木享、墨井鯨子、坪内アリス、NIWA、野津あおい、増田理(バズノーツ)、宮粼圭史(だるま企画)、村島智之
舞台美術/福田暢秀(F.A.T STUDIO) 照明/谷垣敦子 音響効果/平井隆史(末広寿司) 舞台監督/谷澤拓巳+至福団 衣装/中西瑞美 小道具/田村雄介 宣伝美術/佐々井美都 題字/瀧口泉