(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝遭難、〟劇団、本谷有希子第11回公演

劇団、本谷有希子は、過去に3作(〝乱暴と待機〟、〝無理矢理〟、〝密室彼女〟)を観ているけれど、一作ごとに方向性や表現手段に変化や工夫があるが、一様にどこか重たく、アブストラクトなものを引き摺っているように思えるのが好きになれず、評判ほどには楽しめないわたしである。座長の本谷有希子芥川賞にノミネートされるなど、世間の人気は鰻のぼりで、チケットも手に入りにくくなっているようなのだが。
〝遭難、〟は、いじめで自殺未遂を起こした生徒の母親(佐藤まゆみ)が、職員室で担任の教諭の仁科(つぐみ)を散々責め立てている場面で幕があく。彼女は、どうやら毎日のようにねじこんできている様子で、先生にあてた手紙を無視されたのが原因となって息子は自殺に及んだ、というのが母親の言い分のようだ。仁科にはそんな心当たりはなかったが、教師としての良心の呵責から、母親のされるがままになっている。そんなふたりの間に入り、仁科を助ける先輩教諭の里見(松永玲子)だったが、実は里見こそが、手紙を握りつぶした当人だったことが明らかになる。
心に重大な欠落のある教師が暴走するというのは、沖さやかの〝マイナス〟をそのままもってきたような世界である。いまやジコチューは、そこここにいくらでもいて、ありがたくないことに、日常での遭遇も茶飯事だ。しかし、それほどありふれてながら、その心の奥に広がる闇には、非日常の底知れない怖さがある。
NYLON100℃からの松永玲子は、他人の心がわからない(=ジコチュー)自分のありかをトラウマに求めようとする主人公を、病的なまでの饒舌さで見事に演じている。破綻が次第に広がり、ただエゴだけで迷走する終盤は、憑かれたような凄みを見せる。とりわけ幕切れのシーンでの無言の数十秒は、物語が幕を降ろしたあとに、再び奈落に引きずり込まれるような感覚を味わった。
クールに、しかし辛らつに松永を告発しようとする石原(吉本菜穂子)や母親と妙な関係になってしまう不破(反田孝幸)、ひたすら下世話な母親(佐藤)らの脇役陣もよく、とりわけこの劇団の顔ともいうべき吉本のアクの強さには、脇にまわっても少しも衰えない頼もしさがある。わたしが観たこの劇団の4本の中では、もっとも楽しめた。(130分)

■データ
2006年10月12日ソワレ/青山円形劇場
10・12〜10・19
作・演出/本谷有希子
出演/松永玲子NYLON100℃)、つぐみ、佐藤真弓(猫のホテル)、吉本菜穂子、反田孝幸
舞台監督/宇野圭一、川上大二郎 舞台美術/中根聡子 照明/中山仁ライトスタッフ) 音響/秋山多恵子 衣装/山本有子(ミシンロックス)