(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝双魚〟七里ガ浜オールスターズ第3回公演

そもそも自分の時間は有限だし、観たい芝居だって無限(少し大袈裟)にあるのだから、どんなに素晴らしいからといって、さっきあとにしたばかりの劇場にすぐまた同じ芝居を観るために舞い戻りたくなるケースというのは、わたしの場合相当にレアケースである。曖昧な記憶を辿ってみると、遥か昔の自転車キンクリートの「ほどける呼吸」あたりまで遡ってしまうかもしれない。七里ガ浜オールスターズの〝双魚〟である。
「ほどける呼吸」は、リピーターには嬉しい3つのバージョン(中間部に挟まれるエピソードがそれぞれ違っていた)があったが、〝双魚〟でそれにあたるのは、日替わりのゲストだろう。最近はどこの劇団でもやっていることではあるが、〝双魚〟は、ゲストの出番を物語の要となるシーンにもって来ようという大胆不敵さというか、心意気のようなものが感じられる。わたしが観た二日目は、元惑星ピスタチオ西田シャトナーが呼ばれていて、西田が不肖の兄役を見事に演じて、素晴らしかった。
さて、〝双魚〟は、近未来の物語である。人類は二つの種族に分かれ、別々のテリトリーで暮らしている。モンドと呼ばれる人々は、いわゆる人間の進化形で、ウィルスの力を借りて、病気や老化、そして精神的な弱さをも克服している。しかし、彼らは日光に弱いために夜の生活を強いられ、極端に後退した生殖能力に悩みを抱えている。医師の金田(瀧川英次)は、生き別れになっている娘に会いたいと懇願する曽我玲子(荻原もみぢ)に付き添い、クーリオの世界で暮らすかつての友人生田(片岡正二郎)を尋ねる。彼の娘の真魚(菊川朝子)は、実は玲子がその昔に生んだ子どもだった。
一方クーリオは、人間の原型で、良くも悪くも人間らしさをとどめている。しかし、モンドからは差別の扱いを受けており、そこから脱するには、年に1度あるモンドへ移行するチャンスに賭けるしかなかった。向こうの世界へ憧れる青年天野(野口雄介)は、人懐こい警備員で矢口(盛隆二)というモンドの友人を見つける。
舞台の両側に観客席を配置したのは、ふたつの世界というテーマに対する一種のメタファーだろうか。そんなことを思わせたりもするOFFOFFシアター内のレイアウトである。普段は舞台奥にあたる場所にも二列の座席を並べ、ただでさえ狭い劇場なのに、中央のほぼ裸の舞台と客席の間には、ほとんど距離というものが存在しない。舞台のすぐ横にパイプ椅子を並べ、出番を待つ役者たちがずっと控えていることともあわせて、観られることに関して役者たちはいつも以上に真剣勝負を強いられている。
イキウメではいつも暗い世界を提示する前川知大だが、今回の芝居がやけに明るい印象を与えるのは、微妙な均衡関係にあるふたつの世界に一石を投じる存在として、真魚と天野というふたりの若き男女をキーパースンの役回りで登場させているからだろう。彼らのポジティブな生き方が、もしかしたら世界を変えていくかもしれないという、ささやかだが、しかししっかりとした希望のある世界観を構築していて、それが成功していると思う。
それを演じる菊川朝子と野口雄介の両俳優も、溌剌とした演技でその配役に応えている。とりわけ、菊川朝子のエネルギッシュでキュートな女の子像は非常に鮮明で、愛らしい。そして、先に述べた西田シャトナー演じる放蕩兄が帰還し、妹のゆき(大倉マヤ)と対面する場面もなかなかのものなのだが、しかしハイライトは、なんといっても、その場面に続く、ゆきと生田が、クーリオからモンドになれるという薬をめぐって交わすやりとりだろう。男女の機微を鮮やかに表現して、感動を与えてくれる一場面だった。
さて、次はいつ観に行こうか。すでにソールドアウトの回が続出しているようなので、早めに足を運んだ方がいいかもしれない、ゲストも日替わりだしなぁ。(5分の次回予告編を含めて110分)

■データ
2006年10月4日マチネ/下北沢OFFOFFシアター
10・4〜10・9
脚本/前川知大、演出/瀧川英次、音楽/くものすカルテット
出演/大森智治、瀧川英次、片岡正二郎(くものすカルテット)、大倉マヤ、菊川朝子(Hula-Hooper)、荻原もみぢ(劇団上田)、平原テツ(reset-N)、野口雄介(神様プロデュース)、盛隆二(イキウメ)
日替わりゲスト/10/3 板垣雄介(殿様ランチ)、10/4 西田シャトナー、10/5 吉田テツタ、10/6 多田淳之介(東京デスロック)、10/7 ブラジリィー・アン・山田(ブラジル)、10/8 星耕介(Oi-SCALE