(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝Maggie〟スロウライダー第8回公演

スロウライダーは、ポツドールなどを出した早稲田大学の演劇倶楽部でユニットを解散した山中隆次郎が、やはり学内で演劇をやってした知人の三好佐智子、芦原健介に声をかけ、2001年にスタートさせたという。山中の作、演出による公演は、一作ごとに評価が高まってきており、特長はそのホラー色にあるというのがもっぱらの評判だが、通算8回目の公演にあたる今回の〝Maggie〟には、「Inspired by 〝西瓜糖の日々〟リチャード・ブローティガン/作」とある。
イントロに相当するオープニングの映像で、携帯メールのやりとりが字幕によって紹介される。垂池(日下部そう)はバイト先の店で起きたちょっとしたトラブルで仕事を休んでおり、しばらくフェイドアウトしたいというムシのいい考えをもっている。前の店長だった向井(児玉貴志)はそれを受け容れ、垂池は居候になった。向井が尋ねると、同じ店で働く太って醜い女性マギーから言い寄られたのがその理由だという。日がな一日をカエルの声が聞こえてくる田舎の家で過ごす垂池だったが、ブローティガンの「西瓜糖の日々」を読みふけるうちに、彼の世界は小説と奇妙にシンクロしていく。
まず最初に、ビート・ゼネレーションの時代がすでに遠い昔となった今、なぜリチャード・ブローティガンなのか、という素朴な疑問があった。しかし、現実の些細なトラブルを過大に受け止め、垂池が逃避する世界として、ブローティガンの小説という受け皿は、なるほどある意味甘く、ファンタジックで、もってこいかもしれない。「西瓜糖の日々」の中で、主人公が暮らすのは〈アイデス〉という一種の理想郷だが、彼の周囲にはその外部にあって汚く、暴力的な〈忘れられた世界〉という場所に惹かれる者たちもいる。別れた恋人のマーガレットもそのひとりだったが、主人公は、新しい恋人や友人たちとも交わりながら、漂うような日々を送っている。
〝Maggie〟と、ガジェットの「西瓜糖の日々」の接点は、さほど難しいものではないように思える。すなわち、アイデスとは彼が逃げ込んできた向井の家であり、マーガレットは垂池に言い寄ったマギーだろう。小説の中でマーガレットは自殺してしまうが、垂池はブローティガンの世界を彷徨った結果、マギーを救おうと決意する。
結局ブローティガンの小説は、現実社会からの一時的な避難場所にすぎなかったわけだが、引き篭っていた垂池が、小説の世界に別れを告げて、現実社会へ還っていくエンディングは、ポジティブかつ力強さが感じられて、心地よい。小説の主人公と自分を重ね合わせた垂池が、葛藤の末に自らの道を見つけていく過程は、現実と小説世界が交錯しながら物語が進行するためか、いささか複雑で思わせぶりな部分があるが、丁寧な分説得力があって、感心させられた。
感心したというと、一見突飛な舞台装置がリビングルームに妙にマッチしているのにも驚かされた。あの真っ赤でデコボコのセットを日本の家屋に馴染ませるとは、なんとも素晴らしいはなれわざだ。客演陣の多彩さも舞台を充実したものにしているが、マーガレット役の笹野鈴々音と、ポーリーンと那美を演じた松浦和香子がふたりの重要なヒロイン役を見事に演じていて、印象に残った。(90分)

■データ
2006年9月17日マチネ/下北沢駅前劇場
9・13〜9・18
作・演出/山中隆次郎
出演/児玉貴志(THE SHAMPOO HAT)、日下部そう(ポかリン記憶舎)、笹野鈴々音(風琴工房)、松浦和香子(ベターポーヅ)、佐々木光弘(猫☆魂)、夏目慎也(東京デスロック)、芦原健介、山中隆次郎、數間優一