(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝噂の男〟

脚本の福島三郎は、東京サンシャインボーイズの流れをくむ人で、どちらかといえばウェルメイドな芝居を得意とするタイプ。一方、演出のケラは、言わずと知れたバッドテイストの人。というわけで、この水と油の組み合わせこそが、〝噂の男〟の見所となるのは当然なのだが、この顔合わせは予想以上に面白い結果になったように思う。
大阪にある古びた演芸場の舞台裏。上手には奈落の入り口があり、下手には舞台へと続く階段がある。階段のすぐ下には、ボイラー室の入り口が見えている。今日は、年に1度のボイラー点検の日。実は、12年前のこの日、ボイラーの爆発で芸人が死ぬという事故が起きた。死んだのは、人気が昇り坂にさしかかっていた漫才コンビ、パンストキッチンの片割れアキラ(橋本さとし)だった。
当時、アキラと相方のモッシャン(橋本じゅん)は、目前に迫ったワンマン・ライブに向けて、稽古を重ねていた。息の合った漫才が人気を集めるふたりだったが、ドラマ出演などで相方のアキラの人気が高まってきていることが、放漫なモッシャンには面白くない。コンビの間にそんな不協和音が生まれていた矢先の事件だった。
それから12年後、モッシャンにいびられてばかりいたマネージャーの鈴木(堺雅人)は、この劇場の支配人に出世していた。そして、この日、恒例になっているボイラーの点検を手配し、ボイラー技師の到着を待っていた。ところが、やってきた技師の加藤(八嶋智人)は、漫談のぼんちゃん(山内圭哉)や、夫婦漫才の骨なしポテトのトシ(猪岐英人)&アヤメ(水野顕子)*1その日の出演者たちにダメ出しをするなど、一向に仕事を始める気配がない。やがて、加藤は、奈落で落ちぶれ果てたモッシャンと出会い、かつて名コンビ、パンストキッチンをめぐる封印された醜聞をあぶりだしにかかるが。
公の場や人前では仲のいい二人が、実は私生活では仲が悪いというのは、人間関係のひとつの定石とでも言いたくなるほどありふれたものだが、〝噂の男〟はパンストキッチンという漫才コンビの人間の結びつきを、いくつもの角度から解き明かしていく。人間に秘められたグロテスクな怪物性を暴く一方で、ほろりとさせるような人情の機微を描いたりもする。このあたりの上手さは、福島三郎の仕事と思われる。物語の上で、重要な役割を担う、もうひとつの夫婦漫才のコンビ、骨なしポテトのふたりについても、やはりはっとさせられる場面があった。
一方、コトの最中とおぼしき女性の喘ぎ声で始まり、血みどろの場面が続出し、死体が折り重なっていく展開は、ケラの真骨頂に違いない。アンディ・ウォーホルのホラー映画を彷彿とさせたりもするこのキャンプ・ユーモアの感覚は、すこぶる悪趣味なものではあるが、〝噂の男〟にある種のエネルギーを与えていることは間違いない。最後のクレジットに〝Directed & Adapted by ケラリーノ・サンドロヴィッチ〟とあったのは、ケラが演出の枠をはみ出し、ある程度脚本にも手を入れたということだろうか。
それにしても、かつて新感線で盟友同士だったダブル橋本が見せるパンストキッチンの漫才の場面は、本当に素晴らしい。ボケとつっこみの呼吸もぴったりあっている。ふたりの掛け合いがなければ、この物語もそのリアリティの大部分を失ってしまったに違いない。

■データ
2006年8月28日ソワレ/渋谷パルコ劇場
作・福島三郎 演出・ケラリーノ・サンドロヴィッチ 音楽・ケラ&シンセサイザー

*1: 〜どうも観たことがあると思ったこのふたり。そうだ、アーノルドシュワルツェネッガーの劇団員として〝スイム〟(下北沢駅前劇場)にも出演していたことを後日思い出した。〜