(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝黄金街の首縊りの家〟劇団阿佐ヶ谷南南京小僧

演目のタイトルは、横溝正史からの本歌取りだろう。というわけで、まずはミステリ・ファンとしての記憶の整理から。昭和40年代、横溝正史はほぼ忘れられた作家として扱われていたといっても過言ではない。書店では、〝本陣殺人事件〟や〝蝶々殺人事件〟を春陽文庫の棚で見つけるのがせいぜいという時代が続き、それがある時、一変した。角川文庫が、市川崑映画との両輪で、横溝正史の作品をものすごい勢いで復刊し始めたのだ。(一説に、きっかけは昭和43年少年マガジンに連載された影丸譲也の〝八つ墓村〟のヒットがそのきっかけだったと言われるが、個人的にその認識は薄い)
しかし、驚いたのはそのあとで、復刊ブームの嵐が吹き荒れる中、ほとんど引退生活を送っていたご本尊の横溝正史本人が復活してしまったことだ。〝仮面舞踏会〟〝迷路荘の惨劇〟〝病院坂の首縊りの家〟を、ほぼ新作長篇の形で上梓し、さらには純然たる新作の〝悪霊島〟を書き下ろした。横溝正史本人が、当時すでに六十歳を越えていたことを考えると、この復活は奇跡に近い。〝病院坂の首縊りの家〟は、〝仮面舞踏会〟と同様に、雑誌連載時に中断していたものを完成させた長篇で、金田一最後の事件として知られる。
さて閑話休題。劇団阿佐ヶ谷南南京小僧は、作・演出を担当する飯野邦彦が率いる劇団で、1999年に旗揚げをしているようだ。主宰の飯野は、役者としても舞台に立ち、劇団桟敷童子などにも客演した実績もあるらしい。
風鈴に見立てた生首が発見される冒頭は、原典〝病院坂の首縊りの家〟からの引用だろう。〝チヅコは何処〟という謎のメッセージに導かれて黄金街にやってきた金田一(飯野邦彦)と小林少年(中川由美子)は、裏道のバラックで吊るされたチヅコの生首を見つける。被害者のチヅコ(橘香織)は、黄金街のバー・モナリザで働いていたことがあるが、数奇な運命から男を渡り歩き、今は娘のリカコ(ヨネクラカオリ)とともに、岩手の呑み屋の男(日高啓介)と暮らしている筈だった。やがて第二の殺人がおき、モナリザのチイママ(田中智保)も死体となって発見される。
連続殺人は、一応多重解決が示されるのだが、全体においても、細部においても、大味なところがあって、残念ながらミステリ劇としては箸にも棒にも、といったところ。本家横溝のロマンチシズムも、これだけ安っぽく扱われては、形無しだろう。
初日ということもあったかもしれないが、役者たちも未熟さが目だって、劇団自体がまだまだ発展途上にあることがわかる。物語のあちこちに歌謡曲が差し挟まれるが、これとて全体を水増ししているとしか思えない。それで、この短い上演時間なのだから、内容はおいておくにしても、薄っぺらな印象をもたれても仕方がない。脚本の丁寧な作り込みと、役者個人のスキルアップが望まれるところだ。(75分)


■データ
2006年8月26日ソワレ/新宿ゴールデン街劇場
2006.8.26〜9.2