(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝マシニスト〟

マシニスト」には、やけに印象的なシーンがある。やせ細った主人公が、冷蔵庫の前だったかキッチンでダンスを踊るくだりだ。ほんの一瞬なのだが、激しく痩せた体の不気味さと奇妙な動きが印象的で、なんとも忘れがたい。主演のクリスチャン・ベールの30kg近くを減量したという、まさに身を削る役作りは、その場面だけを取り上げても大きな効果をあげているといっていいだろう。
さて物語だが、主人公トレバー(クリスチャン・ベール)は、極度の不眠症に悩む機械工である。彼は孤独を癒すために、たまに馴染みの娼婦スティービー(ジェニファー・ジェイソン・リー)と時間を過ごしたりしているが、行きつけの空港のカフェで働く女性マリア(アイタナ・サンチェス=ギヨン)にも好意を寄せている。そんな彼の身のまわりで、不可解な出来事が起こり始める。自宅の冷蔵庫には、暗号のようなものを記した憶えのないメモが貼られ、工場では見知らぬ工員アイバン(マイケル・アイアンサイド)を目撃する。仲間に尋ねても、みな口を揃えて、そんな工員は知らないという。トレバーは、次第に工場内でも孤立し、疑心暗鬼にとり憑かれた彼は、事故で仲間に片腕切断の重傷を負わせてしまう。
さらにそれに追い討ちをかけるように、マリア親子と出かけた遊園地で乗った幽霊屋敷の乗り物で不可解な出来事に見舞われ、マリアの息子に精神的なダメージを負わせてしまう。彼の行く先々に姿を現すアイバンが乗った赤い車。自分の影のようなものが、彼の存在を脅かしていくことに、トレバーは次第に精神状態の平衡を失っていく。
主演男優の減量が話題となったこともあって、個人的に連想するのはスティーヴン・キングの「痩せゆく男」なのだが、不気味な緊張感という共通項はあるにせよ、あちらは呪いをテーマにしたホラー、こちらはミステリとしての興味で観客を引っ張っていく。すなわち、男の身の回りで何故に不可解な出来事が起きるのか?そして、そもそも男はなんで不眠症(なんと365日も寝ていないと主人公は語る)に悩まされているのか?
次々と起こる不可解な出来事がどう説明されていくかが、ミステリ・ファンとしての最大の興味だが、謎とその解決の整合性という点では、やや物足りない。というのも、最後に明らかになる真相が、いささか形而上の分野に踏み込むものだからである。インディペンデント映画出身のブラッド・アンダーソン監督による謎解きのムードを漂わせた演出が、やや仇となった印象もある。
しかし、イントロとアウトロのテンポの良さには格別なものがあって、観客を退屈させない演出はなかなかのものだ。記憶というものの不可解さにチャレンジした作品としては、評価できる仕上がりだと思う。[★★★]

(ネタばれ)
トレバーは、1年間前に交通事故で子どもを轢き殺した経験があり、自らそのときの記憶を封印していた。しかし、そのときの記憶は知らず知らずのうちに回復し、その経過を記したメモをトレバー自身がメモにして、冷蔵庫に貼り付けていた。思いを寄せるマリアや、彼の周囲に出現する怪しい人物アイバンも、彼の妄想の一部だった。