(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝ニセS高原から〟前田司郎(五反田団)組

井の頭線駒場東大前にあるこまばアゴラ劇場は、8月からここのところずっと〝S高原から〟一色である。4人の演出家たちによる異なったバージョンをシャッフルした〝にせS高原から〟の連続公演に続き、平田オリザ自らが演出する青年団の「S高原から」がそれを締めくくるというスケジュールが組まれているらしい。そこまでやるなら、わたしもこのあたりで名作の誉れ高き「S高原から」を観ておこうかと思い立ち、足を運ぶことに。
わたしが観たのは、五反田団の前田司郎が演出を手がけるバージョンだが、本家を入れて5つの選択肢からこの「にせS高原から」を選んだ理由は、さほど明確なものではない。贔屓の小劇場系の役者がもっとも多いセットだったことと、自分のスケジュール上だけのことである。「S高原から」は、どちらかといえば固く真面目な芝居という印象が強いので、せめて役者くらい馴染みが多い方が楽しめるのではないか、と思った次第である。
カーテンコールで舞台上に出演者が揃った時に、改めてびっくりした。群像劇だということは観ている最中から十分に理解していたつもりだけれど、こんなにも多くの役者たちが舞台に上がっていたのか。物語については、明確なストーリー性はない。高原のサナトリウムの患者たちと、それを見舞いにやってくる患者の友人たちの人間模様とエピソードが、実に淡々としたタッチで繰り広げられていく。
ストーリーの輪郭は曖昧だが、印象的な人物の結びつきがいくつか登場する。もしかすると、そのどれに興味を惹かれるかは、まさに個人によってさまざまかもしれないが、わたしの場合、三組のカップルが心に残った。その三組とは、西岡隆(黒田大輔:THE SHAMPOO HAT)と上野雅美(立蔵葉子:青年団)、村西康則(大島怜也:PLUSTIC PLASTICS)と大島良子(内田慈)、それから福島和夫(増田理:バズノーツ)と坂口徹子(大倉マヤ:双数姉妹)である。
それぞれの関係のありようは、まったくと言っていいほど異なる。恋人を遠ざけようとする男と婚約を解消しながらも男への思いを断ちきれない女、恋人を待ち焦がれる男と友人を介して別れ話を持ち出そうとする女、余命いくばくもない浮気男とそれでも彼を愛する女、などなど。彼らの男女関係は、物語の悲劇的な側面を象徴するかのように、物語の中心に据えられており、それ以外の人間関係がこれを衛星のように取り巻いて、この死をめぐるドラマを形成している印象なのである。
そこはかとないユーモアを感じさせる演出は、逆に死のイメージを浮き彫りにしようという演出者前田の意図だったのだろうが、それが成功しているかというと、ちょっと微妙なところかもしれない。わたしとしては、ユーモラスな味付けからはストレートに軽快さを読み取り、死の影にはむしろ薄い印象をもった。
登場人物が多いと書いたが、それがゆえに存在感を観客に与えないまま終わってしまっている役者たちもいた。例えば、公演期間前半を病気で休演したからだろうか、Hula-Hooperの菊川朝子など、もう少し個性が前面に出た役柄を演じても良かったと思う。溌剌とした存在感があるのに、もったいない。そのあたりに、このバージョンの未醗酵な部分が垣間みえるような気がするが、それは穿ち過ぎだろうか。一方、先のTHE SHAMPOO HATの公演「事件」では、いまひとつとらえどころのなかった存在の黒田が、この作品の中では実にいい味を出していたことも記しておきたい。
ともあれ、予想以上に面白い芝居だったことは事実である。役者たちのコラボレーションも、なかなかだったと思う。正直、他のバージョンも観てみたかったが、時間の都合でそれが適わなかったのが、なんとも残念である。

■データ
2005年9月14日ソワレ/駒場アゴラ劇場