(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

アルティ・エ・メスティエリ@川崎CLUB CITTA'

アルティ・エ・メスティエリ。この〝芸術家と職人たち〟を名乗るグループがイタリアにいるということを知ったのは、国内盤として〝TILT〟がわが国で初リリースされた時のことだから、相当に古い。当時、ミュージック・マガジンの新譜評で、誰のコメントだったか、このアルバムが高い評価を得ていたのを記憶している。
その頃は、ヨーロッパ全域で盛んになりつつあったユーロロック(いわゆるプログレ)が、わが国のリスナーの間にもようやく伝わり始めた頃で、メディアもまだまだ好意的にそのムーブメントを受けとめていた。さっそく購入し、針をおろしたアルティのLPは、当時ポップスを卒業したばかりのティーンエイジャーにはいささかハードルが高く、すぐには馴染めなかった。しかし、背伸びしながらも聴きこむうちに、彼らのファーストアルバムは、やがて音楽嗜好としてわたしの体に染み込み、のちのイタリアン・ロックやジャズロック嗜好の下地が作られていったものとおぼしい。
そんなわたしだが、バンドの結成から30年以上が経過しての初来日のニュースは、実はさほど期待する気持ちが起きなかった。当然メンバーの多くは交替しているだろうし、そもそもバンドがそんなに長い間、初期の高いテンションを持続できるとは思わなかったからだ。しかし、そんな油断を、アルティの面々は、挨拶代わりの1曲目で、いとも簡単に打ち砕いてくれた。クラブ・チッタの幕があがると同時に、観客席のわたしはいつも簡単に打ちのめされたのだ。それが、〝TILT〟の1曲目であると同時に、彼らの代名詞ともいうべき〝Gravitia 9.81(重力)〟である。
いやー、すごい。イントロに漂う緊張感にも圧倒されたが、ベッペ・クロヴェッラのピアノの力強いバッキングパートが始まるや、劇的にアルティの独特の世界が広がっていく。アルフレード・ポニッスィのサックスとコッラード・トラブイオのバイオリンが、ジャジーな雰囲気の中で絡み合い、会場を彼らの音楽に染まった空気で満たしていく。これまで、散々彼らのレコードやCDは聴いてきたけど、これほど管楽器とバイオリンが骨格の要になっていることを認識したことはなかった。これは、実に新鮮で嬉しい発見。
一方、名手フリオ・キリコのドラムと、年季の入ったベッペ・クロヴェッラのキーボードも、彼らの音楽の血であり肉であることが伝わってくる躍動感を醸し出している。オリジナルメンバーたちの技量に、長い歳月を経てもまったく翳りがないことに驚かされる。
しかし、懐かしい顔ぶれのプレイを楽しむだけなら、よくある集金ツアーでも十分堪能できる。彼らの凄いところは、過去の栄光ではなく、現在のアルティ・エ・メスティエリとして堂々たる存在感を誇っているところだ。
その秘密は、旧メンバーの存在に、新しいメンバーたちの参加が単なるサポートに終わらず、その音作りに有機的に絡んでいるからではないか、と思った。ギター、ベース、バイオリンといった楽器を受け持つ若者たちの技量は、なるほど素晴らしいものだったが(とりわけ、ボーカルのマッシミリアーノ・ニコロのボイス・パフォーマンスはアレアもかくやという素晴らしさ)、彼らが一見控えめに見えながら、バンドのアンサンブルに深く関わっているのは、そのステージで繰り広げられる音楽の完成度から十分に伺われた。彼らは、往年のバンドがなかなかなしえないバンドとしての若さを今も持ち続けている希有な例ではないか。
アンコールを含めると、なんと3時間弱。ファーストとセカンドの曲は、ほとんどやったと思う。この長時間を息切れなく演奏しきったメンバーの緊張感の持続にも舌を巻く。メリハリのきいた選曲や、激しい演奏と表裏一体のジェントルなステージングにも非常に好感がもてた。プログレ人生屈指のライブ体験でありました。