(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝走れメルス−少女の唇からはダイナマイト!−〟NODA・MAP第10回公演

夢の遊眠社の定番演目のひとつ『走れメルス』である。野田地図(NODA・MAP)を主宰するようになってからは、どうも波長が合わなくなって、野田秀樹の芝居を敬遠しているわたしだが、ちょっと懐かしいものを感じて、足を運ぶことにした。この演目は、夢の遊眠社の末期、すなわち本多劇場クラスから日本青年館クラスへ飛躍を遂げる時代の再演を2度ほど観ている。

物語は、向こう側とこちら側の2つの場面が交互に進行していく。向こう側は、人気者のタレント、メルス・ノメルク(河原雅彦)が、ゲストで出演したさる結婚披露宴から花嫁の零子(小西真奈美)の逃亡(狂言誘拐?)に巻き込まれ、芦田刑事が率いる〝七人の刑事〟グループに追われていく。一方、こちら側は、下着泥棒の少年スルメ(中村勘太郎)が、美少女の芙蓉(深津絵里)に屈折した形で思いを寄せている。ふたつの物語は、ひとつの鏡台を挟んだ両側でそれぞれ繰り広げられ、やがて互いにシンクロしていく。

確か、遊眠社の『走れメルス』は途中に休憩の入る非常に長い芝居だったという記憶があるのだが、今回は休憩なしの1時間45分とテンポ良く、コンパクトにまとめられた印象がある。元気で賑やかな舞台を繰り広げていたかつての遊眠社にとっては、冗長さも、観客には大きな楽しみであったが、芝居の完成度自体を問われる現在の野田秀樹にとって、この長さ(短さ)は一種の必然のものかもしれない。河原雅彦のメルス役にしても、中村勘太郎のスルメ役にしても、非常に上手に演じられており、スムーズに物語は流れていく。
インパクトがあったのは、冒頭の廃虚のシーンがワイヤーで引き上げられていく場面で、ノイズの画像を斬新に使った場面転換として、非常に印象深い。そういう意味で、現代性みたいなものが感じられる新鮮な幕開けで、期待が高まるのだが、残念なことにそれはあまり長続きしない。入れ物は新しくても、そこには行っているもの自体が、あまり現代という時代にマッチしているとは思えないからだ。
遊眠社の芝居は、機関銃のような言葉遊びの積み重ねと、鍛えられた俳優たちのめまぐるしい舞台上の動きで、観客のテンションを高めていくところに醍醐味があるが、ある種の洗練を経た今の野田地図の芝居では、そのための物語がやや空回りしているように思える。野田や古田の演技は、観客を舞台上の熱気に巻き込む力があるが、それが点のままで、流れに乗っていかない。
個々の役者に不満があるわけでもなければ、演出に欠陥があるようにも見えない。しかし、どこか物足りない印象が残るのだ。かつての遊眠社の『走れメルス』が見せた輝きは、時代が見せてくれた夢のようなものだったのか、という思いが残る舞台だった。

なお、わたしが観た舞台は、刑事のひとり六角慎司が病気で出演できず、〝6人の刑事〟で上演すると断り書きが入り口に貼られていた。たった一人でも欠けると、舞台の運びは結構大変だったのではないかと思う。
■データ
ソワレ/渋谷シアターコクーン