(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「ねずみ男」青年座第191回公演

3月に赤坂レッドシアターの「東京」があって、来月は所属劇団の本公演も控えている。おまけに、今月はENBUゼミの卒業公演まであって、大忙しの赤堀雅秋だが、青年座への書き下ろしは、2年前の「蛇」以来のこと。
真夏なのに、冷房もない日本家屋の居間。奇妙なやりとりを交わす男女がいる。男はこの家の主の松田稔で、自転車屋を営んでいる。一方、女はどうやら監禁状態におかれているようだが、犯罪に巻き込まれている緊張感はまったくない。やがて、今日は稔の妻京子の命日であることが明らかになる。
京子は、3年前スーパーで万引きを見つかり、しばらくたって自殺していた。女は万引きを見咎めた店員の恭子で、稔に同情する隣人片岡が復讐のために誘拐してきたのだった。妻の自殺に得心がいかない稔は、責任は恭子にあるという思いに駆られ、妻の死んだ時刻に彼女を殺すと脅かす。そこに、3年前から家を出ているひとり娘が大きなお腹をかかえて、同棲中の男と訪ねて来る。
真夏の昼下がり、気だるい雰囲気の中で、次々と炙り出されていく主人公の妻にまつわる思い出。妻の死でぽっかりと空いてしまった心の空洞を埋めることのできない不器用さと悲しみの深さが、主人公の孤独な姿を通じてひしひしと舞台上から伝わってくる。
誘拐された女は、時間の経過とともに静かに犯人に同調していく。ふと、ストックホルム症候群という言葉を思い出したりもする展開だが、やがて彼女も夫との関係で心に傷を追っていることが明らかになっていく。その後に待ち受ける稔と恭子が互いに共鳴し合うくだりは、胸をうつ印象深い場面だ。
主人公と隣人の奇妙な関係など、赤堀作品の歪な人間関係もちらほら。山本龍二は、喪失がもたらした痛みをいつまでも忘れられない男を好演。タイトルは、ねずみ男似の容姿によるもののようで、そもそもこの芝居は彼を念頭においてのあて書きかも。柔らかい心で稔の復讐心を緩めていくスーパーの女を演じる野々村のんもとてもいい。(120分)※27日まで。

■データ
予約したのは数日前なのに最前列センターだった初日マチネ/下北沢本多劇場
4・19〜4・27
作/赤堀雅秋 演出/黒岩亮
出演/山本龍二、野々村のん、横堀悦夫、川上英四郎、もたい陽子、高松潤、益富信孝、宇宙、津田真澄