(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

サンプル10「自慢の息子」

時に恋心もあっさり冷めてしまう。サンプルへの熱烈な思いが忽然と失せたのは、忘れもしない2009年秋の「あの人の世界」@東京芸術劇場小ホール1。2006年春の「地下室」@春風舎以来、たちが悪い風邪の微熱のように取り憑いていた何かが嘘のように消え、それからは行かない公演が増えていった。
というわけで、今回、「自慢の息子」の再演は、とっくの昔に別れた元カノがどうやら出世したらしいという評判を聞きつけ、それじゃその変わり様を見に行こうかという元カレの好奇心に近い。いや、ちょっと違うか。

日本のどこかに独立国を作りあげ、その王となった息子を探す母親と、その場所を知っていると言って母親に近づき、金をせびる青年がいる。一方、息子は日課として、クレームを大企業のコールセンターにかけていた。
「お宅は私の国に勝手に侵入しているがいかがなものか?」と。ある日、噂をききつけた若いカップルが母親に相談する。「私たちはその国に亡命したい。」母親は彼らを連れてさまよう。自慢の息子が作った国を目指して。「私」という領土は一体どこに存在しているのか?あるいはその境界は?「国」と「私」についての考察劇。
(公式サイトより引用、改行省略)

遠のいた理由は、物語性が後退したことにより観客として置きざり感を味わわされたことと、人間のグロテスクな側面がツラく感じられるようになったからだ。両者は、深いところで結びついていると思う。
とはいえ第55回岸田國士戯曲賞受賞の本作には、まだ微かな物語性が残されていたと、2010年秋@アトリエヘリコプターの初演のときは感じた。具象と抽象の中間点のようにも映ったが、猥雑さばかりが目につき、やはり観客を突き放しているように思えた。
さて今回の再演だが、物語はそのままなのに、ずいぶんと受け入れ易くなった気がする。その見せ方にスキルが上ったのかもしれないし、わたしの中の拒否反応が二度目ということもあって薄れたのかもしれない。おそらくは、その両方だろうか。
それと、今回舞台のいかがわしくも美しいラストシーンには、なぜかゴールディングの「蝿の王」が思い浮かんだことは書いておかねば。あの歪みと美しさに満ちた余韻は、なんとも不思議で、思わず見入ってしまった。恋の再燃までとはいかぬが、やはり松井周はチェックが必要なのかも。(ソワレ、105分)

■データ
4・4〜5・13(東京公演)@こまばアゴラ劇場
作・演出/松井周
出演/古舘寛治、古屋隆太、奥田洋平、野津あおい、兵藤公美(以上、サンプル/青年団)、羽場睦子