(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「冒険王」青年団第57回公演

個人的には、昭和の時代に秋田書店から出ていた月刊マンガ雑誌を思い出してしまいます、「冒険王」というタイトル。(わたしは、集英社系の「少年ブック」派でしたが)それはさておき、平田オリザ唯一の自伝的作品といわれるこの作品は、過去に2度上演されていて(1996年、2001年)、3回目の今回がわたしにとっては初見となる。
時は1980年、トルコはイスタンブールの旅行者向けの安宿が舞台。二段式のベッドが4台、そのほかにも一人用のベッドも置いてある大部屋は、日本人の旅行者ばかりが滞在している。東から来た者もいれば、西から来た者もいる。貧乏そうであることと、気ままなその日暮らしという生き方が、彼ら全員に共通しているようだ。
政情が不安定なこともあるが、それぞれの思いで、それぞれに長期滞在をきめこむ彼ら。しかし日本人同士の気楽さもあって、年長者の小杉(永井秀樹)を中心に、ちょっとした家族意識のようなものも芽生えている。そんな折、長期滞在者のひとり栗本(古舘寛治)を、はるばる日本から妻(能島瑞穂)が訪ねてくる。折悪しく、ギリシャで仲良くなった女子大生(木引優子)も居合わせて、微妙な空気が流れたりもして。
80年代初頭という一時代を切り取ってはいるけれど、登場人物らの言動からは、日本人の変わらぬ意識や価値感のようなものが浮かび上がってくる。時代の空気も濃密で、日本シリーズで見せた江夏の豪腕や山口百恵の結婚、ソニーのヒット商品ウォークマンなど、キーワードはちょっと煩いくらいだが、観る者にある時代を彷彿とさせる効果をあげている。
彼らと同室しているかのような錯覚に陥っていく観客にも、締めつけてくるような時代の閉塞感がじわじわと伝わっていくが、登場人物のひとりが最後に見せるひとつところに留まらない強さに、個人的には勇気づけられる思いがした。しかし、当時の混迷した世界の状況も、今となっては、まだしもマシだったのかと思うことしばし。現在の危機的な状況が、ついつい頭をよぎってしまう。
達者な役者が揃っているが、男たちに混じって、違和感のない女性バックパッカーを演じる石橋亜希子と、負の空気を異様に醸しだす木引優子の個性が、舞台上の緩い空気をしっかりと引き締めている。(110分)

■データ
かなりサイズの大きなウォークマンが懐かしいマチネ/こまばアゴラ劇場
11・15〜12・8
作・演出/平田オリザ
出演/永井秀樹、秋山建一、小林智、能島瑞穂、大塚洋、申瑞季古舘寛治、石橋亜希子、大竹直、熊谷祐子、山本雅幸、二反田幸平、佐藤誠、海津忠、木引優子、近藤強、桜町元、鄭亜美