(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「テキサス芝刈機」クロムモリブデン

東京では、夏のシアタートップスから、わずか3か月しか間を措かないクロムモリブデン。この「テキサス芝刈機」は、ずいぶんと前から次回作として仮ちらしで予告されては消えていた演目だ。てっきり、他の作品に化けたものと思っていたのだが。
朝の通勤電車で起きた痴漢事件の被害者(金沢涼恵)と容疑者(久保貫太郎)と目撃者(板橋薔薇之介)。しかし、容疑者の男が、「おれはやってない。おまえこそ怪しい」と目撃者の男を指さしたことから紛糾する。そこに現われた謎の女サキ(木村美月)に導かれ、ふたりは不思議な場所へと連れ去ってしまう。
そこは痴漢やその予備軍が、強制労働よろしく芝刈りをさせられている森だった。すでにここが長いらしいヤクザ(森下亮)、そしてアキバ系の少年(板倉チヒロ)は、働きすぎてすっかり腑抜けになっている。そこに迷い込んできたのが、雑誌の記者をやっているというミク(奥田ワレタ)だった。彼女は、多数の死者を出した列車脱線事故を取材していた。さらには、事故の唯一の生き残り、カッコという少女(渡邉とかげ)が現われて。
女の子のエピソードがまるで数珠つなぎのように繰り広げられる。登場人物たちの内宇宙が、同じ座標上に存在するいくつものパラレルワールドのように、シンクロしたり、交錯したりしながら、お話は進行していく。舞台が痴漢の森から次第に衝突事故の現場へとスライドしていき、終盤で雑誌記者のPTSDへと吸収されていく劇的な展開が、実に演劇的なカタルシスに溢れている。PTSDの原因が明らかになったミクが、最後にそれを克服する瞬間、彼女の顔に浮かぶ表情と涙が感動的だ。
それにしても、大阪ではこれをJR福知山線脱線事故が起きた伊丹のアイホールで上演したというのがすごい。当日パンフで主宰者は、事故から立ち直る人々を描きたいと語っているけど、過去へと時間を遡り必死に事故を回避しようとする生き残りの少女や、芝刈機の爆音がやがて救出のチェーソウの響きと共鳴してくる展開など、カラフルでポップ、ユーモアもきいたいつものクロムの世界ではあるのだが、事故への鎮魂が随所にこめられているように映った。(100分)

■データ
奥田ワレタの表情をじっくり見られたであろう正面席が羨ましかったマチネ/青山円形劇場
11・6〜11・9(東京公演)
作・演出/青木秀樹
出演者/森下亮、金沢涼恵、板倉チヒロ、奥田ワレタ、木村美月、久保貫太郎、渡邉とかげ、板橋薔薇之介、幸田尚子