(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「JANIS -Love is like a Ball and Chain」DULL-COLORED POP#7

この公演のアナウンスがあってから、頭の中では「Me and Bobby McGee」が鳴りっぱなし状態。日本で流行ったジャニス・ジョプリンの曲って「Move Over(ジャニスの祈り)」もあったけど、一番はこれじゃなかったか。ま、わたしの勝手な思い込みかもしれぬが。でも、彼女のどこか垢抜けないルックスと抜群の歌唱力は、当時の洋楽系のリスナーにとっては常識だったわけで、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーで世に出たこと、ウッドストックで女をあげたこと、1枚目のソロをレコーディング中、歌手としてはこれからという時に、生きながらブルースに葬られてしまったことは、熱心なファンとはいえないわたしの記憶にもしっかりと刻み込まれている。
ソウルフルな歌声を喉の奥から絞り出すように歌い上げるブルース系のスタンダード。それが彼女のトレードマークでもあった。彼女の名はジャニス・ジョプリン(武井翔子)、親しい仲間にはパールと呼ばれている。時は1970年秋、彼女はロザンジェルスのスタジオで、バンドのフル・ティルト・ディ−ディー・バンドの仲間たち(g:岡部雅彦、b:新戸崇史、d:千葉淳)とともに、2枚目のソロアルバムをレコーディングしている。
モンタレー、ウッドストックと野外フェスで成功の階段を昇ってきた彼女だが、プロデューサーのポールは(斎藤豊)は、彼女が曲がり角にさしかかっていることに気づいていた。今の歌唱法は、やがて歌手生命を燃え尽きさせてしまう。そう心配する彼は、ポール・バターフィールド・ブルースバンドの曲の達者なカバーを聴かされても、それは他人の曲で君の歌じゃない、と納得しない。
ハイスクールでも苛められっ子だった彼女は、容姿にコンプレックスを抱え、それが対人関係にも深刻な影をおとしていた。恋人でヤクの売人のセス(中村洋)、自堕落なセックスフレンドのペギー(桑島亜希)は、まっとうな歌手の道を歩もうとする彼女を、自暴自棄な負け犬人生へと引き摺りこむ。衣装デザイナーで親友のリンダ(堀奈津子)は、そんなジャニスを心から心配し、キツイ忠告を浴びせるが、それを曲解し、逆恨みするジャニス。
そして、いよいよレコーディングも大詰めを迎えた。フォークなんて歌いたくないという彼女をポールはなんとか説得し、クリス・クリストファーソンが提供した「Me and Bobby McGee」を録り終える。アルバム完成までは、残り1曲。リンダの仲立ちでその1曲も決まり、いよいよ明日はレコーディングの最終日。しかしその晩、仲間の誘いを断ってホテルに戻ったジャニスは、そこはかとない孤独に捕われ、ドラッグに救いを求めてしまう。
いつになくあらすじ紹介が長くなってしまったが、何をおいても特筆すべきは、オーディションを経て見出されたという武井翔子の圧倒的な歌唱力だろう。「Summertime」 や「 Ball and Chain」というディープなブルースナンバーを歌いこなす一方で、「Me and Bobby McGee」など軽やかな曲で見せる表現力も抜群。最初の「Move Over」で鳥肌が立ち、あとはもう歌の場面になるのがひたすら待ち遠しく、挿入曲の1曲ごとに聞き惚れました。
バンドのメンバーも、オーディションなどによる寄せ集めとは思えないチームワークで、きっかりとした演奏を聴かせてくれる。直前に、ライブハウスでの公開演奏をやったらしいが、当日もボーカルの武井を含めて、バンドとしての結束を十分に見せたと思う。
というわけで、ライブの乗りで楽しんでしまったわたしだが、それはそれでアリだと勝手に思っている。この物語に関していえば、ポップス・ファンにとっては記憶の反芻のようなものだし、目の前であれだけすごい歌を聴かされれば、それに夢中になるのは当然。だが、芝居面について敢えていうなら、清水那保が演じるホテルのボーイの役が、物語から浮いてしまい、違和感があったところが気になった。もう少し物語との接点を出せれば、作品に何かを付加する面白い役どころになったかも、と思ったりもするのだが。(135分)

■データ
再演のときは、ライブとの二部構成でお願いしたいと思ったマチネ/新宿タイニィ・アリス
10・8〜10・13
作・演出/谷賢一
出演/武井翔子、清水那保、堀奈津美、岡部雅彦、影山慎二、桑島亜希、齋藤豊、新戸崇史、千葉淳、中村祥