(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「摂州合邦辻」山の手事情社

昨年秋のYAMANOTE NIPPONで、「傾城反魂香」、「道成寺」とともに上演された作品に、大幅な改定を加えての再演。不覚にもこの演目を赤坂で見逃したわたしは、今回悩むことなく、はるばる小田急線の旅で相模大野に足を運ぶことを決めました。もともとは江戸時代の人形浄瑠璃の演目だったものが、後年歌舞伎でも取り上げられるようになったと伝わる演目。
由緒ある武家で育った合邦の娘辻(大久保美智子)は、嫁いだ高安家の奥方となり、玉手御前と呼ばれるようになった。しかし、継子と嫡子の間で家督争いが起きる中、御前は継子の俊徳丸を口説き、不義の恋をしかけた挙句に、毒を飲ませる。許婚の浅香姫(水寄真弓)とともに家を出た俊徳丸は、偶然にも父親合邦の家に匿われるが、玉手御前はさらに俊徳丸に迫ろうとする。それを見かねた父親の合邦は、ついに娘に手を下すが。
原典の時代設定はおそらく江戸時代で、価値観の変貌甚だしい現代では、玉手御前のとった行動の動機そのものがもはや成り立たない。その結果、観客にとって事件はスキャンダラスで猟奇的に映り、御前の行動は明らかにやり過ぎという苦い笑いを生む。しかし、幕切れ近くで、玉手御前がその思惑を明かすくだりで、(予め知っていたにもかかわらず)わたしは不覚にも胸をうたれてしまった。言い切る自信はないものの、玉手御前の動機には、日本人のアイデンティティに繋がる何かがあるのかもしれない。
また回想シーンでは、父と娘の関係が性的な妄想を交えて思い切り大胆に描かれているのだが、意外にもそこに細やかな情愛がきちんと表現されている。さらに、玉手御前を演じる大久保美智子が、少女時代に別れを告げ、危うい足取りで前へ前へと進んでいくシーンも、少女期の不安感と生まれながらの強い意志が表現されていて忘れがたい。
全体で見ると、シーンの断片的な並べ方たるや、ほとんどコラージュに近いが、そのひとつひとつに原典に対する解釈やオマージュ、連想などが散りばめられていて、観ていて気が抜けないスリルがある。ただ、原典理解が不足している観客として言わせてもらえば、もう少し物語を彷彿とさせるストーリー性を前面に出してほしい気はする。ややもすると、自分の理解を見失う場面が、口惜しいことにいくつかあった。
まるで一定のリズムを刻むような役者の体の動きが、終始不思議な乗りをかもし出していたのも面白かったと思う。(90分)
■データ
意地悪だけど丁寧な主宰者のアフタートークが良かった楽日ソワレ/グリーンホール相模大野 多目的ホール
5・24〜5・25
構成・演出/安田雅弘
出演/ 山本芳郎、倉品淳子、浦弘毅、大久保美智子、水寄真弓、山口笑美、川村岳、岩淵吉能、斉木和洋、野々下孝、久保村牧子、鴫島隆文、植田麻里絵、高橋智子、越谷真美、三井穂高、田口美佐子