(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「バーム・イン・ギリヤド」the companyオフ・ブロードウェイ・シリーズ

tptでもお馴染み、ロバート・アラン・アッカーマンがアーティスティック・ディレクターを務めるというthe companyのファーストシーズン冒頭を飾る一作は、シアターモリエールという小さな劇場の舞台をマンハッタンのダイナーに見立てた「バーム・イン・ギリヤド」。1965年初演というピューリッツァー賞受賞(戯曲部門)のランフォード・ウィルソンの作品で、今回が本邦の初上演となるそう。
ジャンキーや娼婦、チンピラ、同性愛者、ヒモなどで、不夜城のように賑わう終夜営業のダイナー。痴話げんかや揉め事など茶飯事で、まともな客などほとんど見当たらない。その店の常連ジョー(パク・ソヒ)は、その数少ない例外だが、麻薬の元締めの門戸を叩き、今まさにその世界に足を踏み入れようとしている。
そんなジョーは、ダーリーン(宮光真理子)という少女と出会う。彼女は、シカゴからニューヨークに出てきたばかり。姉の後を追ってきたという彼女もまた、この町で生きていくには売春しかない。しかし、彼女はジョーに好意を寄せ、彼に売人になることを留まらせようとするが。
ダイナーの猥雑な店の中を見事なまでに作りこんだ舞台装置。幕があがると同時に、客席にまで雪崩れ込んでくる役者たち。観客を一瞬にして、60年代マンハッタンのアッパー・ウェスト・サイドの坩堝に連れ去ってしまう仕掛けとして、素晴らしい。
ダイナーの客たちが行き交い、絡み、喧嘩を繰り広げる舞台は、さながら異形たちのフリークショーだが、物語の中身は意外や意外、ボーイ・ミーツ・ガールに始まる典型的なメロドラマだ。恋人同士のやり取りだけに絞れば、ジョーとダーリーンのカップルを演じるふたりの役者は、情感のこもったいい芝居をしている。
ただし、喧騒に満ちた群衆劇という本作の枠組みの中に置いて見ると、やや違和感がある。後半にある重要なシーンであるダーリーンの長い台詞も目の前に話し相手がいるのにまるで独白のように味気なく思えてしまうし、ジョーのスマートな存在感も周囲からやや浮いてしまっている。
それと、スプリングスティ−ンの「ボーン・イン・ザ・USA」を作中に使うのには、さすがに乱暴ではないか。今回の時代設定は不明だけど、初演の60年代半ば、あるいは登場するパンクスの髪型から70年代末と考えても、80年代半ばのヒット曲ではそぐわないし、時代の空気を伝えきれていないと思う。
役者たちは達者で、総じて日本人がアメリカ人を演じる違和感を感じさせずに、アクの強さを前面に押し出している。小劇場系では、なぜか町田マリーがやや埋没気味。しかし、チョウソンハのヤク中と水野顕子のあばずれが、他の出演者と較べても終始強力に存在をアピールしている。
タイトルは旧約聖書からで、意味は「救い」や「希望」といったもののようだ。2008年東京で若者たちと時代の気分を共有できる内容と演出者は語っているが、それはとりもなおさず、神の手のひらであがきながらも救われない人々を描くというテーマの普遍性ゆえのことだろう。(休憩10分を挟んで120分)※20日まで

■データ
観客を我に帰らせてしまう休憩は不要に思えたマチネ/新宿シアターモリエール
4・4〜4・20
作/ランフォード・ウィルソン 翻訳/薛珠麗 演出/ロバート・アラン・アッカーマン
出演/青山みその、今村洋一、江前陽平、遠藤典史、岡野真那美、カトウシンスケ、香里菜知子、倉本朋幸、斉藤直樹、眞藤ヒロシ、鈴木剛生、鈴木信二瀬川亮、玉置孝匡(ペンギンプルペイルパイルズ)、チョウソンハ(ひょっとこ乱舞)、中川安奈、中嶋しゅう、野口卓磨、パク・ソヒ、羽田昌義、浜田学、深貝大輔、前田剛、町田マリー毛皮族)、松田愛子、水野顕子、宮光真理子、矢内文章、有希九美、呂美