(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

散歩する侵略者/前川知大(短評)

「散歩する侵略者」は、ご存知劇団イキウメの出世作とも十八番ともいうべき作品で、座付き作家前川の現時点での代表作といっていいだろう。わたしは、赤堀雅秋演出が最初で、初演を見逃したイキウメ版はようやく再演で観たが、その面白さに舌を巻いた。
内容は一種の侵略もののサイエンス・フィクションで、物語には独特のセンスオブワンダーがある。SFとしての評価はわたしの守備範囲ではないが、舞台を観て、小説化してSFファンに読ませてみたいという欲望がふつふつと湧き上がってきたことは事実。それを実現させた担当編集者は、素晴らしいと思う。
ただ、企画を実現するのと、それを成功させることに大きな隔たりがあるのも事実で、今回の小説化は個人的にはちょっとがっかりした。舞台の「散歩する侵略者」が面白かったのは、おそらくは演出や役者など演劇的な膨らみに負うところが多かったのだろう、今回はそれがすべて抜け落ちてしまった印象だ。物語を緩く撫でるようなノベライゼーションは、読んでいて小説のシノプシスを辿る空しさをおぼえた。
結果論であることを承知でいうなら、読み易さを重視するよりも、むしろ戯曲には盛り込めなかった小説的な書き込みに力を注ぐとかの小説作法もあったような気がする。また、同じ枠内での別のエピソードを語るという方法もあったように思う。「散歩する侵略者」が、この小説化を通して流布するとしたら、むしろ作者にとっても作品にとっても大きなマイナスだろう。

散歩する侵略者 (ダヴィンチブックス)

散歩する侵略者 (ダヴィンチブックス)