(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「偉大なる生活の冒険」五反田団第35回公演

本谷有希子川上未映子など舞台方面から文芸世界への進出が目立つ昨今。五反田団の前田司郎もそのひとり。「愛でもない青春でもない旅立たない」で野間文芸新人賞候補、「恋愛の解体と北区の滅亡」で三島由紀夫賞候補、そして「グレート生活アドベンチャー」ではついに芥川賞候補にまでなった。五反田団の新作は、その芥川賞候補作の改題、舞台化である。
とっくに恋人としての関係は切れているのに、ちゃっかり元カノの部屋に転がり込み、拾ってきたファミコンRPGに興じる三十男(前田司郎)。「出て行け!」とか、「働け!」と元カノ(内田慈)からはなじられるものの、なんとなくそれをかわし、主人公はまたもやゲームの世界へ。ザリガニ臭いから隣人(安倍健太郎)だけは部屋に入れるな、と釘を刺したのに、帰宅してふたりが仲良くファミコンをしているのを見て、キレる彼女。
そんな彼には、四年前に死んだ妹(石橋亜希子)がいた。生前、その妹がなぜか突然彼のアパートを訪ねてきたことがあった。妹がコンビニで買って来たまずい酒を呑み、深夜、話をする兄と妹。仕事のことや将来のことを心配する妹だったが、この時も兄はのらりくらりと話しの矛先をかわすだけ。悩みもなければ、未来への不安もない。根拠はないが自分は大丈夫だとなんとなく思う主人公の日々。
新潮社で本になった「グレート生活アドベンチャー」は刊行時に読んでいて、ふむふむ、コミカルな私小説風か、まぁ普通に面白いじゃん、と思っていたのだが、舞台化を観て、かなりたまげました。いやぁ、めちゃくちゃ面白いじゃないですか。舞台向きの話ってこともあるのだろうけれど、前田司郎はやはり演劇畑の人だ、と改めて思った次第。
ニートとか、引き篭もりとか、そういう生き方がまったく理解できないわたしだけれど、妙に優しく、妙に明るいダメ男をいきいきと演じる前田司郎からは、リアルな存在感が伝わってきた。私小説的といえば、無頼とか野放図な生き方をついつい連想してしまうが、このソフトで能天気な生き方には、一種の悟りや境地のようなものがありますね。「今のままでいいのか」と、元カノや妹がくりだす厳しいツッコミをぬらりくらりとかわすフットワークを見せつけられると、もうこれは個人的には嫉妬に近いものを感じる。
生前の妹とのやりとりを回想したり、最後のカメラを売り払い元カノのために蟹缶を買う話の使い方が、やけに心に滲みる。また、不安に襲われ、泣き叫ぶ元カノと飄々たる主人公の対比に、力のない笑いを誘われることしばし。漂うように生きていくという現代のひとつの価値観を見せつけられる思いがした。(90分)※16日まで。

■データ
L字型の観客席でl部分に座り、贔屓の女優さんたちをたっぷりと見られたソワレ/こまばアゴラ劇場
3・6〜3・16(3・11休演日)
作・演出/前田司郎
出演/安倍健太郎(青年団)、石橋亜希子(青年団)、内田慈、中川幸子、前田司郎