(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「偏路」劇団、本谷有希子第13回公演

第9回公演の「乱暴と待機」以来の付き合いだが、異様に歪んだ、ときにアンリアルな世界を提示する本谷有希子は、わたし自身の中で賛否両論ともいうべき困った劇作家のひとりだ。観終えて、?(はてな)という思いで帰ってくることも多いが、「遭難、」のように拍手喝采の作品もある。まさに一作ごとに一期一会の緊張感を強いられる思いがする。
心配する家族に後足で砂をかけるように家を出て、東京で劇団に飛び込んだ主人公の若月(馬渕英俚可)。しかし十年近くがたち、女優の夢は破れ、劇団も解散。立ち寄った親戚の紺野家で、若月は四国お遍路の旅に出ようとしている父親の宗生(近藤芳正)と再会する。親戚の手前もあって最初はおとなしくしていた彼女だが、実家に帰りたい旨を告げた途端にキレた父親に対し、激しく逆ギレで応酬。彼らを見守る親戚一家を慌てさせる。
主人公の若月は、異常なまでに偽善を嫌い、それが昂じて他人の善意までも全否定するようになった性格の持ち主である。一方、最初は穏やかな父親も、やがて尋常ではない一面が明らかになり、なるほどこれは親娘だわ、と腑に落ちる。この親娘のややデフォルメされた人間関係が暴走していくのは、良くも悪くも本谷有希子の得意とする展開だろう。
しかし、そんなアブノーマルな世界への偏りを、性善説を地でいくような家族関係として描かれる紺野家の面々が、本作を共感できる領域に繋ぎとめていると思う。物語のメインテーマが若月と宗生の父娘にあるのは明らかだが、その濃やかに描かれる、問題を抱えながらも、のんしゃらんとした暖かさのある親戚一家の存在が、とても心にしみる。
とはいうものの、ありきたりなホームコメディで終わらず、着地点を探すかのように、終盤の展開はひたすら父と娘の関係をつきつめる。このあたりの粘りは、さすが本谷有希子。安易に日和らない、この人らしいこだわりが感じられる。
役者たちでいえば、今回は池谷のぶえを筆頭に、その紺野家を演じる面々がなんともいい味を出しているが、中でも常連の吉本菜穂子が光っている。やはり、ツボにはまったときの彼女は、本当に素晴らしい。(120分)

■データ
帰りにチケットセンターで「からっぽの湖」のチケットを買ったマチネ/新宿紀伊国屋ホール
12・14〜12・23
作・演出/本谷有希子
出演/近藤芳正(劇団ダンダンブエノ)、馬渕英俚可池谷のぶえ、加藤啓(拙者ムニエル)、江口のりこ、吉本菜穂子