(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「わが闇」NYLON100℃ 31st session

2004年の「消失」以来だというから、ずいぶんと新作から遠ざかっていたものだ。そういえば、その間に再演した「ナイス・エイジ」だって、本来だったらそれなりに手を入れるべき内容(主に時代設定など)だったのに、ほとんどまんまの上演だった。主宰から、なんとも長い間放置されっぱなしだったのね、ナイロン100℃
作家を父親(廣川三憲)に持ち、神経症をわずらった母親(松永玲子)に育てられた三姉妹。両親は離婚し、その直後に母親は壮絶な自殺を遂げ、父親は再婚。しかし、そのあたりから、文学の分野で落ち目となった父親は、近年、お笑いのディレッタントとして世間から一目置かれるようになっていた。
歳月は流れ、めきめきと文学的才能を発揮した長女のたつこ(犬山イヌコ)は、父親に替わるかのようにベストセラー作家に。次女のつやこ(峯村りえ)は、郵便局員みのすけ)と結婚。三女のるいこ(坂井真紀)は芸能界に飛び込むが、失踪騒ぎのスキャンダルを起こし、家に帰ってきている。そんな折、ほとんど寝たきりという父親を取材に、若手の映画監督(岡田義徳)がカメラマン(大倉孝二)を連れてドキュメント映画の撮影にやってくる。
ケラ版家族の肖像、あるいはチェーホフをも連想する三姉妹の葛藤の物語。事前に主宰のステートメントに、笑いは抑気味とあったが、全面に出てこないだけで、ナイロンのカラーは失われていない。むしろ、目立ちこそしないが、陰鬱になりそうな物語のトーンを笑いのセンスがしっかり支えている印象。
映像を大胆に使ったプロローグがなかなか強烈で、そのあたりでぐっと観客の気持ちを掴むケラの演出はさすが。そのあとは、丹念かつシリアスに家族それぞれの心に沈む滓に光をあてていくわけだが、地味でありながら物語は停滞しない。姉妹を演じた役者の上手さもあるが、彼女らをとりまく三宅弘城演じる書生や岡田の映画監督が、ヒロインたちと巧みに絡んでいくからだろう。同じような意味で、ひとり芝居に近い大倉のカメラマンの恋のエピソードも、本筋にこそ接近しないが、物語のスパイスとして効果的に使われている。
それにしても、家族同士の近くて遠い距離感のもどかしさをケラは実にリアルに描いてみせる。そのテーマが一応の帰着をみた時点で、物語の行方を放棄したあたりも巧妙だし、生への希望をさりげなく掲げるラストもいい。晩年を目前に(失礼)、本作でケラは演劇人生におけるちょっとしたマイルストンのようなものを打ち立てたんではなかろうか。(休憩15分をはさみ195分)※東京公演は30日まで。その後、大阪、札幌、広島、北九州、新潟公演あり。

■データ
舞台の坂井真紀はやっぱいいなとしみじみ思ったソワレ(カーテンコール2回)/下北沢本多劇場
12・8〜12・30※東京公演
作・演出/ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演/犬山イヌコみのすけ峯村リエ三宅弘城大倉孝二松永玲子、長田奈麻、廣川三憲、喜安浩平、吉増裕士、皆戸麻衣、岡田義徳、坂井真紀、長谷川朝晴