(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「砂漠の音階」風琴工房code.25

二本立ての小公演を挟んで、春以来となる風琴工房。「砂漠の音階」は、昨年の春にスズナリで上演した作品の再演で、実在の物理学者、中谷宇吉郎にまつわる物語である。北海道帝國大学の教授だった彼が、世界で初めて人工雪をつくり出した戦前のエピソードに取材したもののようだ。
大学の研究室。朝からいつになく賑やかなのは、中谷教授(山内健司)、関川(浅倉洋介)、佐田(北川義彦)の二人の若き研究者、庶務の津島(笹野鈴々音)といういつもの顔ぶれに加えて、次々に客がこの部屋を訪ねてきたためだ。近く佐田に替わる宮内(山ノ井史)、中谷の旧友山崎(小高仁)、そして東京からやってきて新たに研究者のメンバーに加わる河合(宮崎美子)。さらには、忘れ物を届けに、教授の妻静子(松岡洋子)もやってくる。
研究室の目下の課題は、雪の結晶を人工的に作り出すことだった。しかし、実験はあと一歩というところで行き詰っていた。そんな折、かつて中谷と研究を共にしたこともある山崎のアドバイスから、隘路が打開されることに。
あまり間を措かない再演、さらには作品の舞台となっている北海道の地での公演と、主宰の詩森ロバ、そして劇団の力の入りようが窺われる「砂漠の音階」だが、なるほどよく作られている。わたしは、最近観たジャブジャブサーキットの「アインシュタイン・ショック」をふと思い出したりもしたが、学問の世界とそこを行き交う人々の機微を描いており、物理学を通して広島、長崎の悲劇を彷彿させる一瞬もある。
物語の中心は、学問、そして人生で年輪を重ねた中谷教授の含蓄ある語りにあるが、中谷を演じる青年団山内健司の喋りは実に見事で、研究者のロジカルな説得力と、人間性の温かみが伝わってくる。彼の優しく、寛大な包容力が、妻、友人、弟子たちを暖かく包み込む心地よさは、しっかりとしたこの物語の基調となっている。
ただ、欲をいえば、彼を取り巻く人間関係の中で、研究生たちのキャラクターの色合いがやや濃い目で、場面によっては興ざめに近い感じを受けるのが残念。役柄の若さや、演じる役者の持ち味を考えると、これもありなのかもしれないとは思うものの、教授の穏やかな人間性の前では、メリハリをつけたり、若さを表現するにしても、バタバタせずに、もう少し重心を落とした演技をお願いしたい気がする。
風琴工房は、こういうストレートな芝居のほかに、crossingというアグレッシブな活動も並行して行っていて、前回も非常に面白かった。12月には、その第2弾が予定されているようで、とても楽しみにしている。(100分)

■データ
大江戸線落合南長崎駅よりはJR目白駅の方が近く感じたソワレ/目白シアター風姿花伝
10・30〜11・4(東京公演)
作・演出/詩森ろば
出演/山内健司(青年団)、小高仁、松岡洋子、笹野鈴々音、浅倉洋介、山ノ井史、宮嶋美子、北川義彦