(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「陰漏(かげろう)〈劇場版〉」乞局第13回公演

ナスティな世界を繰り広げることでは、比類なき乞局。ここのところ下西啓正は、自分の劇団以外の演出作も含めると、「乞局」「廻罠(わたみ)」「耽餌(たぬび)」「媚励(ビレ)」と、旧作と新作を交互に上演してきている。今回は旧作の再演で、2001年銀座小劇場で初演、2004年に王子小劇場で改訂・改題(汚い月)の上再演と、3度目のチャレンジとなるが、実は今回はある趣向が用意されている。
敷きっぱなしの蒲団と、汚い家財道具。脱ぎ捨てた服のようなものもちらかっているアパートの一室で、弟は暮らしていた。その弟が自殺したと知らせを受けた兄は、警察で死体の検分を終え、妻を伴ってこの自殺現場のアパートにやってきた。やり場のない怒りを、管理人や妻、弟の知人らにぶつける兄。やがて、弟は自殺志願者ばかりを集めた怪しい自己啓発サークルのようなものに属していたことが判る。役所で弟の戸籍が抹消されたことを知った兄は、実は弟はまだ生きているのではないか、と疑い始めるが。
死んだ青年が抱えていた心の闇を、生前、死後のエピソードから浮かび上がらせていくという内容。主人公を取り巻くうんざりするような負の人間関係が、これでもかと観客に突きつけられるところは、まさに乞局の真骨頂だろう。遊び人風でちょっと得体のしれない友人、別れた恋人、怪しいサークルの仲間など、生前の弟と親しかった人物はジコチューばかりという有り様。
しかし、堂々巡りのループの中で、つねに目の前にぶらさがっているのは、彼はなぜ死んだかという謎で、その一点がかなり強力に観客をひっぱっていく。妻の言葉に兄が心を開く乞局らしくない(?)場面のあとにやってくるワンシーンがなかなか強烈。曖昧な終わり方も有りかな、と思っていた矢先の衝撃で、びっくりしました。
ただ、素朴な疑問が2つ。本人だからといって戸籍を簡単に抹消できるのか。また、変死の扱いとなるであろう自殺者の死体を警察がよく調べないのは変。物語の肝ともいうべきこのあたり、どうなんでしょうか?それと、おそらくは6畳くらいである筈のアパートの一室がやけに広かったのも、緊張感を薄めている感じがあって、ちょっと違うな、と思った。
そうそう、前回ポツドールを稽古中の怪我で降板した岩本えりが、めでたく局員としての初舞台を元気に踏んでいる。そのほか、今回はとりわけ客演陣の奮闘ぶりが見ものだ。劇場版と画廊版の2バージョンが上演されるという趣向が用意されているが、物語の軸足が変るらしい画廊版も、非常に楽しみ。(100分)※28日まで。その後、渋谷にて画廊版あり。

■データ
夕暮れ時ともなると劇場周辺はやけに寂しい初日ソワレ/五反田アトリエ ヘリコプター
10・24〜10・28(劇場版)
脚本・演出/下西啓正
出演/秋吉孝倫、竹岡真悟、根津茂尚(あひるなんちゃら)、三橋良平、宮恕W圭史、岩本えり、北村延子(蜻蛉玉)、木引優子(青年団)、墨井鯨子、田上智那、中川知子、下西啓正