(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「月並みなはなし」時間堂第16回公演

時間堂は、1997年に黒澤世莉が立ち上げ。ここのところ、フットワーク軽くさまざまなスタイルにチャレンジしているところが贔屓です。今回の公演は、3年前に同じ劇場で初演された作品をとりあげ、時間堂ではお馴染みとなったリュカ.組の役者たちを中心に再演するもので。
月への移民計画が具体化しつつある近未来。しかし、誰でも行けるというわけではなく、そのための選考が行われていて、当然落選者もでる。郊外にあると思しきレストランに集まったのは、その選から洩れた者たち。彼らは、互いに友人関係にあり、中には夫婦もいる。一緒に月へ行こうと頑張ってきたものの、結果は揃って全員が落選だった。
今日はその残念会だったが、そこになぜか移民計画の管理官(ダブルキャスト、この日は足立由夏)が現れ、こう告げる。すなわち、一名の補欠がでたので、この中から繰上げ者を選びたい。ついては、話し合いにより一名を選んでほしい、というのだ。条件は、全員が合意すること。 制限時間を60分と区切られたコウドウ(中田顕史郎)、ススム(池田ヒロユキ)、ススムの妻ユリコ(雨森スウ)、アマネ(河合咲)、キリン(こいけけいこ)、ユキチ(鈴木浩司)の6人は、部屋を間違えた部外者のミミ(境宏子)を中立の第三者として加え、ひとりを選ぶ相談を始めるが。
彼らが選んだ方法は、資格のない者をひとりずつ除外していくというもので、サバイバルよろしく、議論ののち挙手の多数決で候補者をしぼっていく。仲間意識とエゴイズムの狭間で悩みながらも、それでも月へ行きたいという自分の思いを抑えきれない面々。一方、夫と離れて暮らすことを危惧して、早々にリタイアする者もいる。また候補者のひとりの恋人であるモリ(木村美月)は、いたたまれない気持ちからか、席を外してしまう。時にむき出しの感情が爆発し、思わぬ人間性が露出する閉ざされた空間でのディスカッションの場面は、エゴ、敗北感、自己嫌悪が渦巻く修羅場と化し、その激しさは火を吹くようだ。
しかし、実は本作のハイライトはそこではない。へとへとになり、ついにひとりを選んだ彼らの報告を受けた管理官が、改めて全員にその結果を告げる一瞬、物語は逆転する。この瞬間の緊張感と、そのあとに訪れる物語の論理的なカタルシスがなんとも見事だと思う。このままではどういう形で決着を見ても、物語としては歪なところが残ってしまうという観客側の危惧を、見事に収拾するエンディングを提示するのだ。あちこちに残されたさりげない伏線を一気にさらってみせる終盤での収束は、非常に出来のいいミステリ劇といっても過言じゃない。
煮詰まりそうになる議論に、いい意味で水を差していくミミという部外者(実は、部外者ではないという可能性もあるが)を登場させたのも、成功の一因と思われる。そして、ふた組のカップルの、男女の考え方の違いと、それぞれの愛情の濃やかさを浮き彫りになるのが感動的。蛇足かもしれないが、冒頭にあるゲームのようなものも、出演者紹介の趣向としてはユニークかつ面白かったと思う。(100分)

■データ
自由席で観やすい座席を選ぶのにとっても迷ったソワレ/王子小劇場
10・19〜10・29
作・演出/黒澤世莉
出演/雨森スウ、河合咲、木村 美月(クロムモリブデン)、こいけけいこ(リュカ.)、境宏子(リュカ.)、池田 ヒロユキ(リュカ.)、鈴木浩司、中田顕史郎、足立由夏(Innocent Sphere