(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「石川のことはよく知らない」東京ネジ第8回公演(その2)

今回の公演は、〈知らない〉シリーズ2作品の再演とのことだが、シリーズといっても、共通するのはタイトルと文学者にまつわるモチーフ(宮沢賢治石川啄木)だけで、この「石川のことはよく知らない」ともうひとつの「けんじのことはよく知らない」に、内容的な繋がりはない。
白い布にくるまれた小さな包みを抱えて、びーびー泣く男(大原裕人)。その彼を必死になぐさめようとする女性(佐々木なふみ)はどうやら彼の妻のようだが、男は泣き止んでは、また泣き始める。やがて、包みは骨壷で、長く可愛がってきた愛犬のタクボクが死んだらしいことが判ってくる。そこに、もうひとりの女性(中村真季子)がやってくるが、東京で雑誌の編集長をやっているという彼女は、男の元妻で、タクボクは学生時代に二人が同棲をしている頃に飼い始めた犬だった。
夫が別れた元妻と仲良さげに喋っているのを、複雑な思いで、ちょっと眩しそうに眺める妻。この場面がいい。嫉妬心にも似た、しかし好奇心もある妻えりこの微妙な心理を佐々木なふみが絶妙に演じている。
しかし、それに輪をかけて素晴らしいのが、元妻ユリエ役の存在感だ。彼女の演じる元妻の大らかさからは、かつて短い期間だが、男と暮らした日々を思わせる機微が伺える。それは既に男女の関係としては終わっているが、しかし彼女自身を培う想い出としてはきちんと昇華されていることが、しっかりと伝わってくる。そんな元妻役を、溌剌と演じる中村真季子、素敵ですね。
観客には、ふたりの妻の間にもうひとりの前妻がいたことがうすうす判っているのだが、妻の夫への思いや、タクボクの想い出などをめぐる三人のやりとりから、やがて前妻にまつわるささやかな秘密が明らかになってくる展開がまたいい。たおやかに続くそれぞれの人生が交わる一瞬を見事に切り取ってみせた素晴らしい出来映えに感心した。(50分)

■データ
公演と公演の間に高円寺の商店街をひやかして歩いたソワレ/茶房高円寺書林
9・12〜9・26
作/佐々木なふみ  演出/佐々木香与子
出演/佐々木なふみ、大原裕人(THINGAMAJIG)、中村真季子