(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「猫と針」キャラメルボックス チャレンジシアターVol.5

本当に久しぶりのキャラメルボックス。前回はいつだったっけなぁ、と記録をひもといてみたら、なんと1993年のことで、ショーマの高橋いさをが演出に招かれた「嵐になるまで待って」と「ジャングル・ジャンクション」の連続上演だった。そのときの「ジャングル…」の劇場が、今回と同じ俳優座だったことを思い出した。
さて今回の呼び物は、外部に託した脚本と演出で、とりわけミステリ作家として人気の恩田陸による書き下ろし作品というのが注目を集めている。個人的にも、ミステリとしての起承転結にとらわれない恩田陸のフリーな小説のスタイルは、ずいぶん前から演劇向きだと思っていた。
社会人となって久しい男女5人が、かつての同窓生オギワラの葬式で顔を合わせた。精神科医をやっていたオギワラは、何らかの事件に巻き込まれて殺されたらしい。集まったタナカ(岡田達也)、スズキ(坂口理恵)、タカハシ(前田綾)、ヤマダ(石原善暢)、サトウ(久保田浩)の5人は、高校時代にオギワラと同じ映画研究会に籍をおいていた仲間だった。
久しぶりの再会を喜び合い、互いの近況や学生時代の話を始めるものの、なぜか5人の間には微妙な緊張感が漂う。実はこの日、卒業後映画関係の仕事に就いたスズキは、かつての仲間に自分の作品へのエキストラ出演を頼んでいた。やがて思い出話は、高校時代にタカハシが撮影したフィルムが消えた事件へと及び、彼らの会話によって過去が再構築されていく。その結果、学園祭で起きた不可解な食中毒や、オギワラをめぐる記憶が、不穏な絵柄を浮かびあがるが。
並みのミステリ劇ならば、5人の登場人物という閉じられた輪の中で、ちまちまとオギワラ殺しの犯人探しに終始するに違いない。しかしこの「猫と針」は、一瞬そんな定石への寄り道をしてみせるものの、足を捕られるほどの深追いはしない。5人の会話は、謎をとりまく輪を狭めていくのではなく、むしろさまざまな過去や人間のつながりを浮かびあがらせていく。そういう意味で、その輪の直径をどんどん広げていく展開だ。
そのあたりの収束していかない物語を肩透かしと受け取る向きもあるだろうが、この脚本の持ち味はまさにその先読みの出来ない面白さにある。この恩田陸と明確さがひとつのシンボルとなっているキャラメルボックスの組み合わせに、いい意味での緊張感が生まれていると見た。そして、そのやや混沌した序盤、中盤を経て、5人の登場人物たちの人物像(とりわけ女性監督のタカハシのキャラクターがいい)がくっきり見えてくる後半の展開が、素晴らしいと思う。
さらにそれを後押ししているのは、やはり外様の横内謙介の演出で、役者たちのやけに日常会話に近い科白は、まるで現代口語演劇を標榜しているようで、いつものキャラメルとはひと味違う新鮮さがある。恩田陸の世界とのシンクロ度も、それにより一層深まっているようにわたしには感じられた。
今回の経験は、キャラメルボックスにとって間違いなく意味あるものだったと思うが、恩田陸にとってもそれは同じだろう。それが今後の彼女の小説に活かされていくことは想像に難くないところだが、できることなら演劇の世界でも再びそれを活かしてもらいたいところだ。(100分)※俳優座は9月9日まで。その後、福岡公演あり。

■データ
日を追うごとに完成度があがっていくことを予感させる初日ソワレ/六本木俳優座劇場
8・22〜9・9(東京公演)
脚本/恩田陸 演出/横内謙介
出演/岡田達也、坂口理恵、前田綾、石原善暢、久保田浩(遊気舎)