(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「小泊の長い夏」渡辺源四郎商店第4回公演

主宰の畑澤聖悟の作品を上演するため、弘前劇場から暖簾分けした「なべげん」こと渡辺源四郎商店の新作。地球温暖化が著しく進んで、日本各地でもさまざまな災害をもたらしている20XX年。おそらくは、われわれの時代からそう遠くない未来の物語である。
19歳のときに、先祖代々神社の宮司をつとめる家系から逃げ出すように、実家を飛び出した男が、ほぼ三十年ぶりに故郷の青森県小泊に帰ってきた。彼の提案で、老齢の父親を安心させるために、即席の家族をでっちあげるプランが実行に移される。東京で始めた商売で財をなし、妻と三人の子どもたち、さらにはその配偶者を引き連れ、故郷に錦を飾ったというのが、その筋書きだった。
急遽集められた7人の男女は、架空の会社のトレードマークである黄色いアロハを着用させられた。この仕事の引き換えに、住まいが手に入るとあって、それぞれが必死に自分の役割を演じようとするが、にわか仕込みの悲しさか、空回りばかりが目だってしまう。やがて一日が終わろうとするとき、こうまでして嘘をつかねばならない秘密の事情が、徐々に見えてきて。
昔、北千住のあたりがまだ陸だった頃…、なんて台詞が、さらりと登場人物の口から出るのが怖い。東京のほとんどは水没しているようで、文化の中心もすでに首都にはないことが仄めかされる。
しかし、そんな社会派ともSFともとれる非日常的な設定とは対照的に、物語の主眼は家族という人間の絆、そして生と死である。インチキの家族でも、そこに生まれる絆。そして、そんな偽りの人間関係をも暖かく、そしてユーモアを交えて包み込んでしまう器の大きな父親の存在。さらには、父親に較べて卑小だが、しかし人間らしい優しさを漂わせる主人公の男。そこに描かれる人間関係の豊穣さが、観るものの心を静かに揺さぶるいい舞台だ。
小泊の夏を表象するラスト間近の、障子越しに燃え上がるような夕陽が浮かび上がるシーンは、同時に人生の日没をも表現されており、圧巻だ。(100分)

■データ
台風接近の日のマチネ/下北沢ザ・スズナリ
7・12〜7・16(東京公演)
作・演出/畑澤聖悟
出演/森内美由紀(青年団)、工藤由佳子、佐藤誠青年団)、高坂明生、萱森由介、工藤静香(劇団夢遊病社)、宮越昭司(劇団雪の会)、藤本英円、三上晴佳、山上由美子、ささきまこと
音響/藤平美保子 舞台美術/畑澤聖悟 照明/葛西大志 プロデュース/佐藤誠 制作/工藤由佳子 制作助手/野宮千尋 ドラマターグ・演出助手/工藤千夏 装置/萱森由介 宣伝美術/木村正幸(ESPACE)