(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「人間・失格」ポツドール+三鷹市芸術文化センター PRESENTS

主催者の筑摩書房が業績悪化を理由に放棄していた文学新人賞の太宰治賞を復活させるなど、文学者太宰所縁の地をアピールする三鷹市だが、演劇の分野でも4年前から「太宰治作品をモチーフにした演劇」という企画に取り組んでいる。今年のエントリーは、なんとポツドール。でもよく考えてみると、太宰はともかく、「人間失格」という響きは、なんとポツドールのカラーにシンクロすることか。
さえないアパートの一室。仕事も続かず、恋人にも見捨てられたイサム(岩瀬亮)は、朝からテレクラで騙され、架空請求の餌食にされている。母親に嘘をつき、なんとか金の工面をするイサムだったが、それに追い討ちをかけるように、友人のタケル(古澤裕介)からは、借金の返済を強く迫られる。
無気力の深みに嵌る彼が手にしたのは、元カノが部屋に置き忘れていた太宰の「人間失格」だった。時が過ぎるのも忘れて文庫本のページをめくるイサム。本を読み終え、われにかえった彼を、テレクラの女シズカ(白神美央)が訪ねてくる。
イサムを取り巻く倦怠感を象徴するかのような、気だるく緩い日常。主人公が自堕落の連鎖に落ち込んでいく前半は、ポツドールの舞台にしてはいつになく静かな印象だ。しかし、やがて、ちょっとした仕掛けが観客に明らかになる。パラレルワールドのようにふたつの別々の物語の展開が用意されているのだ。
さまざまな解釈が可能かもしれないが、ふたつの展開のうち、ヤクザな男マサシ(米村亮太郎)にお金を巻き上げられ、友人の信用を失い、元カノから電話がかかってくる、という最初の方が現実に起こったことだろう。そして、シズカをレイプし、マサシを絞め殺してしまう二番目の方は、主人公の妄想だろう。
その妄想場面は、前半の淡々とした語り口が嘘であったかのようなテンションの高さで、客席の最前列で観ていて役者の怪我が心配になるくらいの激しさがあった。この対比のアイデアには衝撃的があるし、面白かったと思う。
最後は、一夜明けて、元カノのヨウコ(深谷由梨香)が帰宅したのちのワンシーンだが、これがまた恐ろしいくらいのハッピーエンド。ポツドールとしてはきわめて異例だが、作・演出の三浦が捧げる太宰の小説に対するラブリーなオマージュが伝わってくる、愉快な幕切れだったと思う。
なお、出演が予告されていた岩本えりが、稽古中の怪我で降板したのは残念。ピンチヒッターの深谷由梨香は、ワンシーンのみの出演だったが、岩本の降板によってキャスティングなどにも変更があったのかもしれない。(110分)※16日まで。

■データ
ソワレ/三鷹市芸術文化センター 星のホール
7・6〜7・16
作・演出/三浦大輔
出演/米村亮太朗、古澤裕介、岩瀬亮、白神美央、深谷由梨香 (柿喰う客)
照明/伊藤孝(ART CORE design) 音響/中村嘉宏 舞台監督/清沢伸也 舞台美術/田中敏恵 映像・宣伝美術/冨田中理(selfimege produkuts) 小道具/大橋路代(パワープラトン) 衣装/金子千尋 演出助手/富田恭史(jorro) 尾倉ケント(アイサツ) 写真撮影/曳野若菜 広報/石井裕