(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

「犬は鎖につなぐべからず〜岸田國士一幕劇コレクション〜」NYLON100℃ 30th SESSION

大正から昭和にかけて劇作家として近代的な演劇の礎を築き、今も戯曲の新人賞にその名を残す巨人の一幕ものを、ケラが町内ご近所の括りでオムニバスに仕立てたNYLON100℃の新作。これをなぜにNYLONの本公演で?という素朴な疑問もあるが、松永玲子みのすけ村岡希美らの実力を見せつけるいい仕上がりとなった。
表題作のほか、隣の花、驟雨、ここに弟あり、屋上庭園、ぶらんこ、紙風船の7編は、それぞれ断片をシャッフルしたような形で、物語は進められていく。靴を盗んだり、鶏を噛んだりと、飼い犬の悪戯に手を焼く英語教師の一家や、数年ぶりにデパートで再会を果たした友人たち、新婚旅行で喧嘩をして帰ってきた妹を迎える姉夫婦など、大正から昭和にかけて、わが国のあちこちで見かけられたに違いない光景が、次々と舞台上では繰り広げられる。
岸田國士を読んだことのない演劇音痴のわたしにも、平凡な場面から人生の断面を切り取ってみせたり、さりげないやりとりから人生の機微を浮かび上がらせてみせたりと、そういうくだりに差し掛かると何度もため息が出そうになった。ひとつひとつのエピソードは掌編のスケールなのだが、味わい深さという点では、それぞれ格別の風格を備えている。
舞台上の空気は、明らかにケラの世界(間奏曲にハネムーンキラーズが流れ、出演者全員が奇妙なダンスを踊る、など)なのだが、そこに一見違和感がありそうな古典の世界が、予想以上にすんなりとシンクロする。当時の時代を敏感にとらえた戯曲であることは、きちんと見て取れるが、たおやかなる時代性の間にある普遍を、ひょいと掬い上げるような巧みさがある。岸田戯曲の原典の力と、それを再構築してみせるケラの感覚の確かさを再認識する舞台だ。
達者な客演陣も豪華だが、着物芝居ということで器用されたと思しき緒川たまきの立ち居振る舞いが見事で、なんともいえない色気で観客(つまり、わたしのだ)の目を釘付けにする。
一方、コアなる部分のNYLONの役者たちがいい味を滲ませているのは、先にも書いたとおり。松永玲子みのすけ、安澤千草も、それぞれの持ち味をいかんなく発揮しているが、とりわけ印象深かったのは、日本語の美しさをきちんとした台詞回しで伝える村岡希美で、そもそも実力がある人だけれども、その堂々たる姿に改めて感心した。(休憩10分を含めて190分)※6月3日まで。

■データ
初日ソワレ/青山円形劇場
5・10〜6・3
作/岸田國士
潤色・構成・演出/ケラリーノ・サンドロヴィッチ 
出演/松永玲子みのすけ村岡希美、長田奈麻、新谷真弓、安澤千草、廣川三憲、藤田秀世植木夏十、大山鎬則、吉増裕士、杉山薫、眼鏡太郎、廻飛雄、柚木幹斗、緒川たまき、大河内浩、植本潤、松野有里巳萩原聖人
和装監修/豆千代 振付/井手茂太