(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝マトリョーシカ地獄〟クロムモリブデン

劇団が拠点を大阪から東京に移しての第二弾。昨年の〝猿の惑星は地球〟以降、役者たちがあちこちに客演しているのを見かけ、その達者な芝居ぶりに舌を巻いてきたこともあって、期待が大きく膨らむ新作である。
ボールペンの万引を見つかったエーコ(奥田ワレタ)と、彼女を捕まえた店員の一郎(久保貫太郎)。エーコは実は万引の常習犯らしく、一郎はそんな彼女に対してよからぬ事を考えている。密室状況の事務室で、それぞれの妄想をエスカレートさせていくふたり。すると、突如としてそれぞれの人格が分裂し、実体化する。エーコの隠れたる暴力的な一面を担うビーコ(重実百合)が現れたかと思うと、一郎からも善良なる二郎(森下亮)、邪悪な三郎(板橋薔薇之助)が出現する。
万引を見逃してもらう交換条件で、運び屋の仕事を押し付けられたエーコは、その帰り道に警察官(板倉チヒロ)に話しかけられる。ビーコの暴走で、警官を殺してしまったと思い込んだエーコの人格はさらに分裂し、シーコ(金沢涼恵)、デーコ(木村美月)、イーコ(渡邉とかげ)と増えていき、事態は大混乱に。
マトリョーシカは、中からひとまわり小さい同じ形のものが順々に出てくる木製のロシア人形で、芝居でよく使われる入れ子の構造を連想させる。しかし、〝マトリョーシカ地獄〟の物語は、そういう方向には転がっていかない。人格の分裂がもたらす混乱は、さらにその人格の変容という予想もつかない事態を招き、とんでもない場面へと発展していくのだ。
この破天荒とでもいうべき妄想こそが、クロムモリブデンの大きな魅力であることは間違いない。既存のフォーマットに脇目もふらず、ふたすら妄想をつくつめていくような展開。前回の〝猿の惑星は地球〟でも、後半に一つの世界を構築しようとする流れを作っておきながら、最後のワンシーンでリセットしてしまうような演出があった。
しかし、妄想の世界に遊ぶ自由度の高さは、反面、物語が散漫なものになりがちである。物語を囲う枠組みをとりはらっているがために、テーマなり、ストーリーをその中で醸成させることが難しいからだ。
この〝マトリョーシカ地獄〟も、まるでスピードをあげて雪面を転がる雪だるまのように、あれよあれよという間に妄想が膨らんでいく前半は、奥田ワレタと久保貫太郎のつかみの巧さもあって、非常に面白かった。しかし、その後の無節操とも思える物語の行方には、何かをはぐらかされたような気分にさせられた。わたしが見たいものと、彼らが見せようとするものの間に、すれ違いにも似たギャップを感じた舞台だったと思う。(90分)※5月1日まで

■データ
マチネ/新宿サンモールスタジオ
4・19〜5・1(東京公演、ほかに大阪公演あり)
脚本・演出/青木秀樹
出演/森下亮、金沢涼恵、板倉チヒロ、重実百合、奥田ワレタ、木村美月、久保貫太郎、渡邉とかげ、板橋薔薇之介