(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝イヌの日〟阿佐ヶ谷スパイダース

阿佐ヶ谷スパイダースは、個人的には今回の〝イヌの日〟が3度目で、長塚圭史が作・演出したパルコ劇場の〝LAST SHOW〟を入れても4度。〝悪魔の唄〟はなるほどそれなりに面白かったが、〝LAST SHOW〟は風間杜夫がいてこそという気がしたし、〝桜飛沫〟にいたっては中途半端な仕上がりにがっかりした。遅れてきた観客であるわたしとしては、チケット争奪戦に臨む気力がいまひとつ起こらない状況だが、〝イヌの日〟は劇団にとって(長塚自身のでもあるだろう)ターニングポイントとなった作品の再上演とのことだったので、ともあれ観てみることに。
息子の友人を次々にベッドに引きずり込むだらしない母親の和子(美保純)。一方、息子の中津(伊達暁)は何かといういうとすぐにキレる不良で、彼の家に出入りするチンピラや悪徳警官などロクな友人はいない。そのうちのひとり広瀬(内田滋)に、中津は頼みごとをする。しばらく旅に出るので、その間あることをやってほしいというのだ。広瀬は、その内容を聴いて、驚愕する。
中津の頼みとは、屋敷の敷地内にある防空壕にいる4人の面倒を見てほしい、というものだった。4人は、17年前に当時の小学校のクラスメートだった。菊沢(剱持たまき)、洋介(玉置孝匡)、孝之(中山祐一朗)、柴(松浦和香子)の4人は、騙されて防空壕に閉じ込められていた。外の世界が滅びかけており、防空壕の中なら安全だと中津から言い包められていたのだ。中津の強引な頼み込みに彼らに食料を運ぶことを不承不承引き受けざるをえなかった広瀬だったが、その仕事を宮本(八嶋智人)という生真面目で気弱な男に押し付けようとしたことから、歯車が狂いはじめる。
少し前なら監禁事件、今なら拉致という社会的なテーマとストレートに結びつく内容だ。最初に中津は広瀬に、閉じ込めると人間はどうなるか興味があった、と動機を説明するが、やがて彼がひとりの少女に恋をして、その思いが暴走した結果としてこの事態を招いたことが判ってくる。さらに、中津親子の屈折した関係によって、母性愛とマザコンというまっとうな説明がなされる。
しかし、聞くところによれば、美保純が演じる母親役は初演ではなかった役どころだそうで、もし中津の抱える心の闇だけで説明されるとすれば、この〝イヌの日〟はもっと違った意味での凄みが出るのではないかという興味がつのる。説明しきれない恐さ、というか。母親の登場がプラスに作用しているかどうかは、実は微妙な気がしないではない。
なぜなら、この作品がアピールする見どころは、なんといっても地下世界の中の異様な空気であり、例えば、子どもゆえの無邪気さが生む苛立たしさや、地上の人間がミイラとりがミイラになっていくようにその世界へ同化していく恐怖だからだ。この静かな恐さは、中津の動機や、後半相手構わずスコップを振り上げる和子の暴走をも、軽く凌駕してしまう。
本多劇場の舞台に用意されていたのは、地上と地下を上下に配した二段構えの大掛かりなセットだった。6年前の初演は駅前劇場だったというから、地上と地下の場面の切り替えなども、大きな変更点だったと察せられる。キャスティングにもやはり変更があったようで、前回は別の役者が演じた村岡希美と大堀こういちの惚けた味が、緊張感ある場面との対比で、いいメリハリをつけている。後日談のエピソードも前回と微妙に違うらしく、蓮っ葉な女の子の役で水野顕子が出てきたのが嬉しかったが、悲鳴とともに浮かび上がる中津と広瀬の凄絶な表情がやけに美しくも印象的だった。(155分)

■データ
2006年11月20日ソワレ/下北沢本多劇場
11・9〜11・26(東京公演)
作・演出/長塚圭史
出演/内田 滋、剱持たまき、八嶋智人カムカムミニキーナ)、大堀こういち、村岡希美NYLON100℃)、玉置孝匡、松浦和香子(ベターポーヅ)、水野顕子(アーノルドシュワルツネッガー)、大久保綾乃中山祐一朗、伊達 暁、長塚圭史、美保純
美術/島次郎 照明/佐藤啓 音響/加藤温、藤森直樹 衣裳/前田文子 演出助手/城野健 舞台監督/福澤諭志+至福団 宇野圭一(至福団)