(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝あなたがここにいてほしい〟散歩道楽

〝あなたがここにいてほしい〟というタイトルは偶然かと思ったが、舞台となるレストランの名前が〝ウマグマ〟(従業員の制服にそうある)とあるのを見つけて、やっぱりPINK FLOYDからの引用か、と確信した。*1いまもプログレにどっぷりと嵌っているわたしは、それでちょっと嬉しくなったりして。ま、ロック・ミュージックに興味のない普通の観客には、どうでもいい話なのかもしれないが。
あるレストランの従業員控え室。上手にはロッカールームがあり、下手には裏口のドアがある。そこには、厨房やホールで働く従業員たちが入れかわり立ちかわりやってきて、一服したり、雑談したりしている。
今日は、長年勤めたマネージャーと厨房のアルバイトが退職する最後の日。しかし、そんな日に限って、あれこれ問題が起きる。男の浮気で揉める従業員カップル、約束の時間を過ぎてもやってこない新人、財布の盗難騒ぎに加えて、厨房器具の修理までがやってくる。
サザエさんのフネ役の声優業でのお馴染みの麻生美代子の客演も話題になっている散歩道楽の連続上演〝サンポジウム〟の悼尾を飾る1本。散歩道楽は、連続上演の終盤の三本を観ただけだが、それだけでも作・演出の太田が得意とするのは、猥雑な人間模様だというのは判るような気がする。本作も、前作の〝パチンコ&ダンス〟に続いて、人々の出入りが多い控え室が舞台となる。
登場人物の個性や人間関係をじっくりと練り上げた脚本であることが見て取れる。等身大のコメディとしての面白みがあるし、すべての出来事が悪しき方向に転がりはじめ、立ち回りまであるすったもんだの挙句クライマックスでそれが逆転するというドラマの作りも、定石とはいえ上手いものだ。しかし、さらに安直なハッピーエンドをもう一度シニカルにひっくり返したのち、ロマンチックな幕切れをもってきたのには、正直感心させられた。
9月の〝スペインの母A〟に出ていた女優さんたちを改めて観たいというのも今回足を運んだ動機のひとつだったが、期待どおりの溌剌とした舞台姿で目を楽しませてもらった。劇団について言えば、太田善也が注目すべき書き手だというのは間違いのないところだが、得意なパターンを外れた場合に、どういう本を書くのか、興味が沸いてきた。もう少し他の作品も観てみたいと思う。作家、俳優陣の充実ぶりが、連続上演をステップボードにどう飛躍していくのか、大いに楽しみだ。

■データ
2006年11月18日ソワレ/下北沢「劇」小劇場
11・14〜11・19
脚本・演出/太田善也
出演/いしいせつこ、藤本樹子、川原安紀子、谷中田善規、植木まなぶ、松下ロボ、太田善也、川原万季、竹原千恵、キムユス、郷志郎、麻生美代子

*1:イギリスのロックバンド、ピンク・フロイドが1975年に発表したアルバムのタイトルが〝炎〜あなたがここにいてほしい〜(Wish You Were Here)〟。ピンク・フロイドが、全英・全米のチャートで揃って第一位を獲得した最初のアルバムとなった。また、〝ウマグマ(Ummagumma)〟は彼らの69年のアルバム