(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝吉田鳥夫の未来〟無機王第10回公演

無機王の「吉田鳥夫の未来」に、どことなくたちこめる昭和の匂いを感じた。日本家屋のお茶の間、庭を見渡せるガラス戸、旧式のTVなどとともに、家族の絆という根源的な人間関係すらも、今や遠い過去のものになってしまったのかもしれない。しかし、期せずしてそれらと再び出会ったような心地よさを味わった舞台だった。
洋(中島佳子)の一家は、優しい母親の海老子(後藤里恵)、売れっ子漫画家の祖父の喜一郎(猪俣俊明)、男勝りでガサツな伯母の虎美(山崎康子)、そして叔父の鳥夫(西山竜一)の五人暮らし。洋の父親は行方知れずとなり、海老子は洋を連れて実家に転がり込んだようなかたちで暮らしている。
今年29歳の鳥夫は中学生時代の事故で記憶障害になり、それ以降の出来事を記憶することができない。前日の記憶がリセットされてしまうので、毎朝のように自分が中学生だと錯覚するが、メモがわりに毎日の出来事で重要なことをマンガにしてメモしている。そして、彼のそばにはいつも中学生の友人保(金森勝)がいるが、保という存在は鳥夫にしかみえない。
父親の小次郎(小寺悠介)が勝手に家を出てしまったために、海老子は水商売で働いている。お客さんとの付き合いで、毎日朝帰りを繰り返す母親をみて、心の底で父親が恋しい洋は複雑な思いを抱いている。一方、祖父のもとにはコロコロコミックの新任編集者の岬(山田佑美)が原稿をとりにやってくるが、スランプなのか一枚も描けていない。そんな一家を不審な人物が尋ねてくる。家にあがりこもうとするところを、喜一郎のアシスタント安倍(加藤和彦)や鳥夫と押し問答になるが、男は洋の父親小次郎だった。
最初は、家族たちや来訪者の下世話な賑やかさに押され気味の鳥夫の孤独な存在感が、徐々に物語の前面に出てくる。やがて、ある一瞬を境に、見えない友人の保が消え、彼は現実の人生を取り戻すことになる。劇的ではなく、そのささやかな変転の瞬間に、役者の達者さと演出の確かさを見た思いがする。最後に、鳥夫と保が廊下ですれ違う瞬間の緊張感もいい。
時間の経過を表現する照明がやや単調で、夜明け前の明るさとしか思えない時間が長く、昼夜のメリハリを出しきれていなかったのが惜しい。役者では個人的に、海老子役を演じた後藤里恵がとりわけ印象深い。女の色気と母親の優しさを同じうつわに収めたような芝居ぶりに、惚れ惚れさせられた。(110分)

■データ
2006年11月17日マチネ/王子小劇場
11・15〜11・19
佐藤佐吉演劇祭参加作品
作・演出/渡辺純一郎
出演/西山竜一、金森勝、中島佳子、猪股俊明、山崎康代、後藤里恵(beWIN)、小寺悠介、山田佑美、西松希、加藤和彦、瀬戸口のり子
照明/上川真由美 照明OP/鹿野慎二郎