(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

補遺・サディスティックス

・10月27日にサディスティック・ミカ・バンドにまつわる個人的なメモを記したけど、関連事項としてサディスティックスのことをほんの少し。
・1975年に解散したサディスティック・ミカ・バンド(国内でのラストライブは、おそらく1975年9月21日の神田共立講堂、バンドとしては10月21日にGuiodhall,Prestonから始まったロキシー・ミュージックの〝SIREN〟ツアーの最終10月23日のBingley Hall,Birmingham)だが、その直後から、今井裕、後藤次利高中正義高橋幸宏の4人はサディスティックスの名でバンドを継続する。
サディスティックスという名で初めてオーディエンスの前に登場したのは、ミカ・バンド解散から間もない1975年12月パルコ劇場の〝銀の魚〟というミュージカルで、以降、1978年8月29日に九段会館ホールでのワンマンライブまでに、10回程度のバンドとしてのライブを行っている。
・音源は、ベストを含めると都合4枚がある。ファーストの〝サディスティックス〟(1977)は多少なりともミカ・バンドを引き摺った内容で、海賊をモチーフにしたカラフルな内容。高中正義高橋幸宏というソングライターにも恵まれ、ミカがいればさぞかし楽しいアルバムになったと思われる。
・しかし、バンドは大方の予想どおり、インスト重視の方向へ傾いていき、セカンド〝WE ARE JUST TAKING OFF〟(1978)をリリースする。これは、メンバーのソロを集めたオムニバスともいうべき内容で、サディスティックスとしてのアイデンティティのようなものはあまり感じられない。しかし、曲の良さはさすがで、イージーリスニング調で緩い演奏だが、決して悪い出来ではない。
・セカンドの曲も入った〝Live Show〟(1978)は、1978年8月29日に九段会館ホールの模様を収めたライブで、たまたまわたしもその場に居合わせている。ミカ・バンドの項でも書いたが、腕利きのミュージシャンがいながら、なぜかライブバンドとして垢抜けない印象は、実はサディスティックスにも当て嵌まる。なぜだろうか?(例えば、高橋の明らかに少し遅れるDrなんかは、このタイプのバンドではどう考えてもダサい、とか)パーカッションのサポートを得たこの日の演奏は、良くも悪く(?)もサディスティックスらしい内容で、当時人気の出ていた高中のソロライブにも繋がる内容だったと思う。オープニングは、ミカ・バンド時代の〝WA―KAH!CHICO〟だった。
・ほぼフェイドアウトという形でサディスティックスは自然消滅するのだが、これは個々のメンバーが当時抱えていたソロ活動や他の参加バンドの状況からいえば、必然のことだったと思う。インスト、クロスオーバー系のバンドとしてユニークな存在ではあったと思うのだが。3枚のアルバムのうち、最初の2枚は廉価版でリリースされて聴き易い状況にあるが、できれば残る〝Live Show〟もCD化をお願いしたいところだ。(個人的には、一番好きなアルバムだったりする)
・ということで、ミカ・バンド関係については、ここでおしまい。リユニオン以降の活動にはあまり興味がないが、といっても聴かず嫌いの感がなきにしもなので、木村カエラのミカ・バンドを今度じっくり聴いてみようか。なお、この項を記すにあたっては、後藤次利氏のオフィシャル・ホームページの充実したデータを参考にさせていただいた。