(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝坩堝〟劇団「宝船」(Mitaka 〝Next〟 Selection 7th)

そもそもは作・演出の人という印象が強いにもかかわらず、主宰する猫のホテルでもそこそこいい芝居をするし、客演の経験も豊富なので、こういう言い方は失礼にあたるかもしれないが、役者としての千葉雅子にとって、この作品はちょっとした晴れの舞台である。〝坩堝〟における新井友香のキャスティングは、そんな抜擢が功を奏している。
三鷹の喫茶店でロケしたとおぼしき映像のプロローグに続いて、宝船ではおなじみ、高木珠里演じるアイドルの歌で賑やかに始まる。やや薹のたったアイドルのルツは、所帯持ちの男種市(小林健一)と不倫の関係にある。その種市の妻のいち子(千葉雅子)は、少女時代からぱっとしない人生を歩んできた女だったが、種市との出会いで家庭を設け、高校生になる息子の広巳(加藤雅人)もいる。
夫の浮気などで、どこか充たされない日々を送るいち子は、ある日出来心からスーパーで万引きをする。見て見ぬふりをきめこみ、妻を迎えにもいかない夫の種市に怒って、いち子と妹の双海(加藤直美)は、種市の浮気相手ルツのマンションに押しかけるが、却って種市とルツの仲の良さを見せつけられる。ショックを受けたいち子は、呑めない酒を呑み泥酔するが、帰り道で昼間の万引きで彼女を捕まえたスーパーの警備主任の太田(小林裕次郎)と偶然出会い、介抱されることに。
種市といち子の家庭を中心に、広巳が面白半分に同級生の栗子(田中あつこ)を口説くエピソードや、前職が刑事だというルツのマネージャー村田(辰巳智秋)が水面下で進めるある調査、そして太田を翻弄しようとする妻の玲子(新井友香)など、いくつもの男女のドラマが錯綜する。コメディタッチも顔を出すが、主宰の新井自身が語っているように、前作の〝あいつは泥棒〟に較べてテイストはビターで、大人の物語といった趣きが強い。
物語の着地点が気になりだす中盤以降は、正直言ってやや冗長さをおぼえた部分もあった。種市の正体や、そこから浮かび上がる意外な人間関係などもあって、観客を飽かせこそしないが、もう少しエピソードをつまんでもいいかもしれないという気もする。しかし、エンディングとなっても不思議はない場面を何度もスルーし、最後に提示される真の幕切れは、実に衝撃的であった。この戦慄すべき終着点こそが、なるほど、あのプロローグにおけるヒロインの切ない独白に結びつくのか、と思わず膝を打った。粛々といち子の役を演じ、見事に女のドラマを浮かび上がらせた千葉雅子の好演には、心から拍手を贈りたい。
ちなみに、この劇団「宝船」は、実は2年前にこの日と同じ三鷹芸術文化センターで催された猫のホテルプレゼンツ〝座長まつり〟に、元ハイレグジーザス新井友香が架空の劇団として劇団宝船を名乗ったのがきっかけだったという。(のちに、実際に劇団を旗揚げ)まるで恩返しをするかのように、同じ舞台で「宝船」が千葉雅子を主役に迎えた芝居が成功を収めたのは、ちょっとした因縁といえるかもしれない。

■データ
2006年10月7日マチネ/三鷹芸術文化センター星のホール
10・6〜10・9
作・演出/新井友香、出演/千葉雅子猫のホテル)、小村裕次郎、小林健一(動物電気)、加藤直美(ベターポーヅ)、辰巳智秋(ブラジル)、加藤雅人(ラブリーヨーヨー)、田中あつこ(バジリコ・F・バジオ)、富所浩一、高木珠里、新井友香