(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝ウソツキー〟猫のホテル

1970年、その年日本のロックはひとつの進化を遂げた、なんてちょっと大袈裟かも。でも、細野晴臣(b&vo)、大滝詠一(vo&g)、鈴木茂(g&vo)、松本隆(ds)の4人からなる〝はっぴいえんど〟が、URCレコードからデビュー・アルバムをリリースしたのは、ある意味、日本のロック史におけるひとつのマイルストーンであったことは間違いない。
その頃、わたしはどうしていたかというと、東京練馬にある中学に通う中学生で、毎月小遣いで購入する〝ミュージック・ライフ〟を隅から隅まで読んでいた。残念ながら、少ない小遣いではそれがやっとで、はっぴいえんどのLPまでは買えなかったけれど、彼らがそれまで日本のロックシーンで通説だった〝日本語はロックに乗らない〟を覆した最初のバンドであったということは、強く印象に残っている。
猫のホテルの新作「ウソツキー」には、その実在したロックバンド〝はっぴいえんど〟の四人が登場する。舞台は、山中の湖畔とおぼしき静かな別荘。そこに、別荘の所有者の高尾(池田鉄洋)とともに、かつての音楽仲間である三井(岩本靖輝)や家永(久ケ沢徹)、それに家永が連れてきた壕(市川しんぺー)らがやってきている。近くの雑貨屋から食材の配達に来た吉田(佐藤真弓)が高尾が分かれた女と瓜二つだったことに驚く彼らだったが、そんな折、当の良子(佐藤真弓の2役)が、慰謝料の件で担当の会計士横田(森田ガンツ)を連れて現れたから大変。良子は、かつて高尾のほかに、家永、横田らとも関係があったのだ。
折悪しく、ミュージシャンを志す少年明人(菅原永二)が父親と現れ、コンテストの審査員だった高尾のことを恨み、彼の弱みを探ろうと彼の別荘へ乗り込んでくる。父親の美代治(中村まこと)は高尾のことを調べているが、溺愛する息子と、かつて自分がバンドマンだった頃のグルーピーで今も続いている小枝(千葉雅子)との関係の間で悩んでいる。やがて、親子関係の摩擦が、とんでもない事態を招くことに。
名前こそ変えてあるが、高尾をはじめとする四人は実在するわけで、そうなるとエピソードも極端な虚構というわけにはいかないだろうと想像すると、かなり厳しい舞台になるのではないかと懸念していた。しかし、それは杞憂だったようだ。別荘を舞台にした現在から、脚本は巧妙にも無理なく観客を過去へと連れていく。四人が出会い、バンドとしてのテンションを高めていった時期へと、さりげなくタイムスリップしてみせるのだ。
そこで四人は実際に舞台のうえで1曲演奏してみせるのだが、主宰の千葉がやりたかったのはまさにそれではないかと思った。いや、演奏そのものではなく、それを通して、あの時代、すなわちロック・ミューッジックの黎明期を包んでいた時代の空気のようなものの再現。そういう意味で、彼らを演じる四人の役者たちは、すっかり当時の彼らになりきっていたし、おそらくはフィクションを交えているであろう史実の物語を、見事に語ってくれたと思う。
客演も含めて、芝居の達者さがこの劇団の売りだと想像するが、千葉雅子の脚本もそれぞれのキャラクターを最大限に生かしていて素晴らしいと思った。バンドの四人や、少年役の菅原あたりは登場人物としての必然性を持たせ易いとは思うが、市川しんぺーの役柄など、このストーリーに嵌め込むのは普通は無理でしょう。それを実にスムースに実現し、物語にさらなるふくらみを持たせることに成功している。その手腕、唸らされました。

■データ
2006年11月8日ソワレ/下北沢ザ・スズナリ