(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝少女には向かない職業〟にみる桜庭一樹に向く職業

女性でもなければ、ティーンエイジャーでもないわたしが、この小説を評して〝少女のビビッドな感性〟などというのは、さすがに片腹痛い。しかし、桜庭一樹の『少女には向かない職業』は、まさに十代のある一時期をそのまま切り取って小説にしたような、瑞々しさに溢れている。山口県下関市の沖合いに浮かぶ島で暮らす少女を主人公に、ひと夏のあまりに衝撃的な出来事を描いて、青春小説の清々しさと犯罪小説のスリルを見事に両立させているのだ。
主人公の大西葵は13歳の中学生。人前では明るく、ひょうきん役を演じたりする彼女だったが、アル中で暴力をふるう義理の父親やいつも疲れ切っている母親と暮らす毎日に、深い憂鬱を抱えている。唯一の楽しみはゲームで、同じ学年で近所に住む少年颯太と連れ立っては、島のゲームセンターへ足繁く通っていた。そんな葵が今夢中になっているのはドラゴンの育成ゲームで、颯太と組んで大会に出場するほど熱中していたが、ある日、大切なメモリーカードを父親に握り潰されてしまう。さらに、幼馴染だった颯太にガールフレンドが出来たりしたこともあって、夏休みに入ると、彼女は殻に閉じこもったように戦時中に残された廃墟で、ひとりニンテンドーに明け暮れるようになる。
そんなある日、偶然、廃墟でクラスメートの静香と顔をあわせる。クラスでは目立たず、ほとんど口もきいたことのない彼女だったが、図書委員で本には詳しく、読書が苦手な葵に印象的な本を奨めてくれたことがあった。葵が口にした義理の父親に対する鬱憤に対し、ドストエフスキーの「罪と罰」を差し出し、義父を亡き者にするヒントを与える静香。かくして、ふたりの少女は、彼女たちを取り囲む周囲の状況に対し、静かな、しかし激しい闘いを挑むことに。
伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカー」で幕を開けた東京創元社の〈ミステリ・フロンティア〉も、この作品で十九冊を数える。もちろん商売度外視というわけにはいかないのだろうが、新人の育成にあまり熱心とは思えないわが国の出版界において、この叢書が果たしている若手作家のステップボードとしての機能はあなどれない。桜庭一樹も、〈ファミ通えんため大賞〉の佳作入賞で登場したライト・ノベル系の新人作家だが、この「少女には向かない職業」でミステリ作家としての片鱗を十分に覗かせたと言っていいだろう。
ティーンエイジャーの少女を描くことにかけては定評のある作者だけに、ヒロインの葵と静香が、互いの違いを意識しながらも、孤独が呼応するかのように仲を深めていく過程の描き方がケタ外れに上手い。もうそんなリアルな少女世界だけでひとつの物語世界を構築している感のある作者だが、本作ではされにミステリ的な要素を、大胆に付加してみせる。
二人の少女の間にやがて浮上してくる交換殺人のテーマ、また見方をかえれば、人間の心のダークサイドを描くという意味で、ノワールの要素もある。詳しくは書けないのだが、カトリーヌ・アルレーの大胆不敵な引用に至っては、その凝りように思わず溜息が出る。
ライト・ノベルに縁のない読者は、武器の調達のお手軽さなどに、隣り合わせになっているゲーム世界との壁の薄さで興ざめするかもしれないが、それとて小説としての疵とはなっていない。P・D・ジェイムスから頂いたとおぼしきタイトルは、ミステリ・シーンへの頼もしい名乗りだろうか。ミステリ・ファンのひとりとして、こういう作家の参入が、シーンにどういう活性化をもたらすか、非常に楽しみだ。