(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝水平線ホテル〟劇団M.O.P.第40回公演

水平線ホテル」、なかなかいいタイトルだと思う。善と悪、過去と未来、正気と狂気、世の中のすべてには境界線がある。そして、このドラマの中にも。すでに40回公演を数えるこの劇団だが、観るのは今回が初めて。評判をききつけ、台風7号が関東地方に刻々と接近する晩、豪雨の中を紀伊国屋サザンシアターへと向かった。
地中海の小さな島に建ったホテルが舞台である。二次大戦も末期にさしかかり、同盟国側のイタリアの玄関口としての役割を果たしていた。女主人のアンナ(キムラ緑子)が仕切るこの古いホテルは、さまざまな客でに賑わっている。アンナに思いを寄せる自称作家のレイ(小市慢太郎)、やくざ者で酔っ払いのルイス(三上市朗)、どこか怪しげな紳士のガスマン(岡森諦)、そして家族連れで旅行に出発しようとしているノーベル賞受賞の科学者とその家族、そしてオペラ座にも出演したベテラン歌手サンドラ(林英世)とそのマネージャーで夫のエド(酒井高陽)などなど。
そんな中に乗り込んできたのが、秘密警察のオラーノ(奥田達士)と親衛隊だった。匿名の通報があり、このホテルには英国のスパイが潜んでいるという。彼らはホテルを封鎖し、滞在客全員の尋問を開始する。そこから出ようとする者は、すべて射殺。そんな緊迫した状況下で、取り調べは進められていき、非協力的な態度からリンチ同然の扱いを受けたルイとレイは、傷だらけになっていく。
しかし、そんな中、科学者のジュルミ一家を訪ねてきたエリオ(小池貴史)という青年が、秘密警察に密告するという事態が持ち上がる。科学者のロベルト・ジェルミ(倉田秀人)は、敵国のアメリカへの亡命を計画していると。ジェルミ教授は原子爆弾ヒトラーの手に渡ることを危惧し、それを阻止するために敵国へ渡ることを望んでいたのだ。取り調べが激しくなる中、脱出のための秘密通路があることが明らかになり、一同は秘密警察の目を欺いて、脱出作戦を敢行することに。
ウェルメイド・プレイと言っていいだろう。演劇的なケレン味はほとんどないのだが、役者たちの芝居も達者だし、演出も堅実という印象だ。推理劇であるということへの期待にも、一定の水準でキチン応えてくれている。
ミステリとしての仕掛けも、小味なところはあるが、なかなか巧妙であり、観終わったあとの印象は爽快だ。中身はまったく違うのだが、映画「スティング」を彷彿とさせるといえば、方向性は想像いただけるだだろうか。思い返してみれば、綱渡り同然のトリック(観客を欺くための仕掛け)なのだが、役者ひとりひとりの力量と絶妙のチームワークで、見事に騙された。なんとも素晴らしい推理劇を見せてもらった。
ただ、幕切れのラジオ放送の場面は、もう少し別の演出があってもいのではないかと思った。あれだと、単に伏線のひとつが浮かび上がるだけの効果しか上がっていないように思える。あのアイデアを持ってくるなら、観客に衝撃を伝える何かがほしかった。

(以下ネタばれ)
秘密通路からの脱出もあと4人となった時、折悪しくオラーノと秘密警察の隊長が戻ってくる。待ってましたとばかりに、密告したい旨を名乗り出て、交換条件として自分と妻だけを脱出させてほしいとオラーノに懇願するエド。そもそも英国のスパイが紛れ込んでいるという密告は、オラーノをこのホテルにおびき出そうとするアンナの策略だったことも明らかにされる。アンナの亡夫は新聞記者だったが、ムッソリーニの悪事をあばこうとして、秘密警察に殺されていた。その時、夫を死に追いやった張本人が、オラーノだったのだ。
真相を知ったオラーノは、ホテルの従業員と宿泊客全員を射殺した末に、ホテルを爆破し、今回の件を闇に葬ろうとするが、アンナがふたりの隙をついて強力な火薬を用いた爆弾を手にし、ふたりを巻き添えに爆死すると脅かす。瞬間、エドは外部への連絡用電話に飛びつき、今から飛び出す人間を射殺しないように、外で見張っている者へ伝える。それと同時に、表へ飛び出すオラーノと秘密警察の隊長。しかし、彼らに浴びせられる銃弾の音が鳴り響く。
エドの寝返り以降は、アンナたちが考え出したオラーノたちを陥れる罠だった。最後のエドの電話もインチキで、それをチャンスとばかりに飛び出したオラーノたちは、味方に射殺されてしまった。アンナたちの策略は見事に成功し、従業員と宿泊客たちは全員無事に脱出を果たす。
その数年後、同じホテルで。たまたま滞在していたルイスとアンナが話をしているところに、ラジオからニュースが聞こえてくる。その内容は、広島に原子爆弾が投下され、町が一瞬にして消えたというものだった。

■データ
2006年7月26日ソワレ/新宿紀伊国屋サザンシアター