(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝フォーガットン〟

昨今、これほど物議をかもした映画も珍しいのではないか。ジョゼフ・ルーベン監督の『フォーガットン』である。この映画、翻訳ミステリの専門誌にも、堂々たる1ページ広告が載っており、なんでも、「シックス・センス」以来、もっとも衝撃的なスリラーとの触れ込みのようだ。巷の噂では、観客の好奇心を鷲づかみにするような謎が冒頭に用意されているらしい。となると、根っからのミステリ・ファンとしては、映画館に足を運ばざるをえないではないか。
一人息子のサムを失った痛手から、テリー(ジュリアン・ムーア)は傷心の日々を送っていた。飛行機事故が、サムをはじめとする11人の少年少女の命を奪ったのだ。14か月前のこの悲劇的な出来事から、いまだ立ち直ることができないテリーは、サムの使っていたグローブやアルバムの写真を取り出しては、思い出を反芻する日々を送っていた。
そんなある日、いつものように遺品を箪笥から取り出そうとすると、それらが跡形もなく消え失せていた。夫のジム(アンソニー・エドワーズ)は、なだめようとするばかりで、彼女の話に耳も貸さない。かかりつけの精神科医マンス(ゲリ−・シニーズ)は、彼女が流産のショックから架空の家族を作り上げたのだ、と説明した。半狂乱になった彼女は、同じ事故で娘を失ったアッシュ(ドミニク・ウェスト)を訊ねるが、彼もまた娘がいたことを否定し、テリーを警察に引き渡そうとする。しかし、その直後、彼は自分に娘がいたという記憶を取り戻し、国家安全保障局へ連行されかけていた彼女の逃走に手を貸す。かくして、テリーとアッシュは、国家機関の追跡をかわしながら事件の秘密を追うことになる。
最愛の息子を失った母親のもとから、引き出しに入れておいたはずの遺品がなくなり、アルバムから写真が消え、ビデオテープからは画像が失われる。そしてついには、周囲の人々から息子が存在したという記憶までもが消え失せていく。この映画が観客につきつける謎は、非常に怖ろしく、そして魅力的だ。
しかし、ミステリとしての興味もここ(最初の30分か)まで。記憶のメカニズムの問題か、国家的規模の陰謀説などで引っ張ることも出来た筈だが、この映画がいわゆるミステリ映画でない印は、比較的早い時期に、観客にしめされる。この辺を拍子抜けととるか、真相の馬鹿さ加減を笑えるかで、この映画を楽しめるかどうかが分かれるだろう。わたしは、呆れたけど、賛否両論を事前に知っていたこともあって、がっかりもせず、その後の展開を楽しめた。(とりわけ、犯人が邪魔な人物を連れ去るシーンは、かなり笑えた)
この映画のテーマである親と子の絆をめぐっては、印象的なシーンがある。テリーと事件をめぐってパートナーシップを組むことになるアッシュが、壁紙の下に現れた落書きを眺めるうちに、娘の存在を思い出すシーンで、ここは感動的だった。ひたすら本能的に突き進むテリーとは対照的ではあるが、ここにもまた子を思う親の姿がしっかりと描かれている。
真犯人は、ある場面では強烈で、可笑しくもあり、また怖くもある。しかし、仕掛けというよりはまさにオチで、予告編であれ、宣伝であれ、そのサプライズだけを大げさにPRするのは、どうかと思う。といっても、それが向こうサイドの戦術なんだろうけどね。評価は、ミステリ映画としてのものです。[BOMB]

(以下ネタばれ)
すべてはエイリアンの仕業でした。(ちゃんちゃん)エイリアンは、地球人の親と子の絆に興味を持って、実験を行っていた。その絆を断ち切るために、飛行機事故に見せかけ、こどもたちを誘拐し、親たちの記憶からこどもを消し去ろうと試みていたのだ。かかりつけの精神科医は、エイリアンの手引きをしていた。
実験は、ほとんど成功したかにみえたが、テリーの場合だけは記憶を断ち切れない。実験担当のエイリアンは、テリーと息子サムの関係を断ち切ることにやっきとなるが、やはり失敗。実験担当のエイリアンは時間切れで更迭されてしまう。最後にこどもたちは全員解放され、親たちにも記憶が戻される。