(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝風味絶佳〟の甘〜い誘惑

キャラメルが表紙いっぱいにならぶ装丁を見て、ふと恋愛は人生のおやつのようなものかもしれない、と思った。確かに、恋愛のない人生というのも存在するかもしれないが、しかし、それはおよそつまらないものに思えるからだ。人間、主食だけでは味気ない。甘くて、時に苦い後味を残す恋愛も、やはり人生には必要なのではないだろうか。
表題作の「風味絶佳」には、キャラメル好きの老嬢が登場する。老いても毅然とした人生を送り、色恋沙汰においても現役バリバリの彼女は、何かというと「脳への栄養」だといって、主人公の口へキャラメルを押し込む。主人公は彼女の孫なのだが、恋愛経験も薄く、男としても頼りない。そんな主人公は、彼女を目の上のたんこぶだと思っているが、彼女から実に多くのことを学んでいく。
本作品集のハイライトは、なんといってもこのポップでお茶目な表題作に違いない。老嬢のポジティブな存在感を鮮やかに描き出す一方で、食えない祖母との関係を通して、主人公の成長をさりげなく暗示する。作者からの、恋愛に引退年齢などないのだよ、という心地よいメッセージもじんわりと伝わってくる。実に後味の良い仕上がりだ。
しかし残りの五編の印象は、どちらかというと、そこはかとなく地味だ。根底にこそ山田詠美恋愛至上主義が垣間見えるものの、甘さ一辺倒の恋愛賛美に終わらない。むしろ人の縁や人生の機微によって、男女の人間関係はかくも違った様相を見せるものかと、いつもながら感心させられる作品が並んでいる。
帯の「ままならない恋に風味あり」というコピーにも惚れ惚れした。恋せずにはいられない人々を描いた恋愛文学の最高峰、と言っておく。

風味絶佳

風味絶佳