(その後の) a piece of cake !

今宵、すべての劇場で。

〝笑顔の行方〟シベリア少女鉄道 vol.13

戸川純に「メンズ受難」て曲があって、強引な女が好きな男の家に押しかけ、窓ガラスを割って侵入するというシチュエーションを歌っている。なんでそんなことをわざわざ引いてきたかというと、シベリア少女鉄道の前回の公演が、「アパートの窓割ります」というタイトルだったから。いや、そもそもの出典はビリー・ワイルダーの映画なのかもしれないが、そのタイトルを目にして、わたしの中でシベリア少女鉄道という劇団への期待が、勝手に妄想のように膨らみ、俄かに彼らの芝居を観たいという気になったのである。
シベリア少女鉄道は、演劇ファンの中でじわじわ人気を伸ばしてきている若手劇団で、観客の動員も次第に増えているらしい。前回2月のシアタートップスから、今回の紀伊国屋サザンシアターへという流れは、あきらかに劇団として成功の階段を昇っている状況なのだろうが、唯一の不安は前回の「アパートの窓割ります」が、ファンの間からも肩透かしという評判が伝わってきていることだ。いや、好意的に、肩透かし自体が趣向だという劇評もなかったではないが、そういう前作の評価や大きな劇場への進出ということもあわせて、今回の公演がこの劇団にとってある意味試金石であることは間違いない。
さて、幕があがると、そこは病院の診察室とおぼしい。女性の精神科医永井(佐々木幸子)が、患者の柳見(前畑陽平)を診ており、そこに刑事の山木(吉田友則)が立ち会っている。患者はどうも記憶喪失らしく、ある暴力事件の当事者のひとりなのに、そこで何が起きたかを記憶していない。被害者は男の恋人柚梨(篠塚茜)で、刑事は彼女の父親。同僚の刑事志村(藤原幹雄)とともに彼女に対して暴力をふるった犯人を追っている。
ところが、被害者の柚梨の部屋には犯人が侵入した痕跡がない。精神科医の佐々木は、柳見の記憶を取り戻す治療を続けるが、なかなかいい結果がでない。しかし、やがて佐々木自身にも過去に何かのトラウマがあることが判り、それが柳見に関係あることが浮かび上がってくる。そして、ついには事件の意外な真相が。
若手が背伸びすることは、それ自体悪いことではない。だとしても、シベリア少女鉄道にとって、今回のキャパシティの大きな劇場への進出は、ちょっと無謀だったのではないかという気がする。そもそも、TVゲームの画面を背景に、格闘ゲームと芝居をシンクロさせるという試みは、舞台の広さという点で、サザンシアターでは無理があったというべきだろう。むしろ、シアタートップス級の小劇場でこそ、ハマる芝居だったのではないか。
一方、記憶喪失から事件の真相をひもといていく過程も思わせぶりな割には面白味のある展開に欠け、やや幼稚な印象すらある。謎解きの解説は聞き取れず、エンディングも唐突な印象は免れない。もともと演技に関しては、学芸会レベルという厳しい言われ方をすることもある彼らだけに、本に面白さがないのは致命的という気もする。とはいえ、佐々木や吉田などは、まだまだ発展途上ながら、素材としては面白いものをもっている人のようにも思える。次の機会には、過去の再演を観て、彼らのこれまでの躍進の秘密を知りたいと思うのだが…。
なお、ご挨拶として配布されたプログラムに、作・演出の土屋亮一が〝なんていくか、こういうものは勢いですよね〟とはぐらかしのコメントを寄せていた。これはあまりに無責任だと思う。
■データ
マチネ/新宿紀伊国屋サザンシアター